公益財団法人 医療科学研究所

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PROJECTS医研の事業

医研シンポジウム2018

総合診療専門医 -期待と課題-

2018年4月より専門医制度における19番目の基本領域である「総合診療専門医」の研修が始まりました。とりわけ若い医師においては、この新しい領域への期待が極めて高い一方で、将来に対する不安の声も聞かれるようです。

そこで、2018年の医研シンポジウムは、さまざまな課題を掘り下げその対策について議論するべく、各界から専門家を招いて講演およびパネルディスカッションの両方から展開を図りました。本テーマへの関心の高さは、従来のシンポジウムに比べメディアの方の参加が多かったことからもうかがわれました。

事務局編集による座長趣旨説明、各講演の抄録は次の通りです。

※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.28,No.4 2019年3月発刊)に掲載しています。

開催概要

日時
2018年9月14日(金)13:30~17:00
会場
全社協・灘尾ホール
東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビルLB階
主催
公益財団法人 医療科学研究所
後援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働省医政局長 吉田 学
座長基調講演 独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長 尾身 茂
講演 公益社団法人日本医師会常任理事/はとりクリニック院長 羽鳥 裕
一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会副理事長/筑波大学 附属病院総合診療科 教授 前野 哲博
公益社団法人全国国民健康保険診療施設協議会会長/国民健康保険平戸市民病院長 押淵 徹
ショートスピーチ 公立大学法人福島県立医科大学医学部 地域・家庭医療学講座主任教授 葛西 龍樹
認定NPO法人 ささえあい医療人権センターCOML 理事長 山口 育子
パネルディスカッション
開会挨拶 公益財団法人医療科学研究所専務理事 戸田 健二

(敬称略)

座長基調講演

独立行政法人 地域医療機能推進機構(JCHO)
理事長 尾身 茂

日本の臨床医の数は増えている。岩手県の例を見ると、県全体での医師数は増加しているが、特に沿岸部の病院で医師が足りていないことが分かる。ある病院(200床以下)では、2001年に18人いた医師が2016年にはわずか5人と減少している。夜間当直時はさまざまな急患が訪れるため、自分の専門であればよいが、そうでない場合はきわめてストレスが大きくなる。医師が誠実であればあるほどその傾向は大きく、それが病院を去った理由のひとつと考えられる。残った数人の医師は、多様な経緯から幅広い臨床能力を有し、初期対応ができるようになった医師で、地域医療はからくも彼らが支えているのである。

「総合医」に対して、私は次のようなイメージを持っている。@幅広い診療能力を持ち、よく見られる症状や問題への対応力が高い(患者のたらい回しや見落としリスクが少ない)、A全体を診る訓練を受けている(適切な専門医を紹介できる)、B患者の過去の病歴や普段の健康状態を熟知している、C地域に根ざした診療を行っている。

そのような総合医が実際に行っている活躍の例を挙げる。京丹後市立久美浜病院の小児科医1人あたりの小児救急患者数は、東京A病院が667名であるのに対し、実に3,700名。小児科医は1名しか勤務していないが、実際にはすべての医師が診ることで、小児救急を支えている。総合医的な診療能力を持つ医師が、特に地域医療においては不可欠と言えよう。

総合医がこれからの地域医療の質・効率のさらなる向上に不可欠である一方、総合診療専門医が医療制度の中で定着するにはしばらく時間がかかり、越えなければならない課題もある。

@若い医師の総合診療専門医に関する不安(自分の将来、プロとしてのアイデンティティ、へき地での勤務など)、A医療関係者間での総合診療専門医に関する理解が不十分(これまで総合医的な働きを行ってきた医師の懸念、総合診療専門医が定着したときの医療への不安など)、B一般の市民が抱く疑問(専門医信仰・大病院志向の中での理解促進など)──このような課題を本日のシンポジウムのために私見として提供し、パネルディスカッションで議論していきたい。そして、パネリストの先生方の協力を得て、今後のための大まかな方向性が導き出せればと考えている。

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講演1

総合診療専門医について

公益社団法人 日本医師会 常任理事/はとりクリニック 院長
羽鳥 裕

そもそも「総合診療専門医」という名称は、厚生労働省「専門医の在り方に関する検討会」において示された。計17回にわたるこの検討会の議論において、日常的に頻度が高く幅広い領域の疾病と傷害等について、わが国の医療提供体制の中で、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供することができる医師の養成が求められると提言された。そして、総合的な診療能力を有する医師の専門性を評価し、新たな専門医のしくみに位置づけることが適当とした。総合的な診療能力の発揮は、全国の地域医療の現場で多くの医師会員が実践しているが、総合診療専門医は、学問体系としてこれを深めた医師を評価するものと位置付けられる。

総合診療専門研修プログラム専攻医は、地域のニーズを踏まえた疾病の予防、介護、看取りなど、保健・医療・介護・福祉活動に取り組み、幅広い問題について適切に対応する使命を担う。専門研修後の成果としては、地域を支える診療所や病院において、さまざまな領域の専門医と連携して包括的な医療を、また総合診療部門を有する病院においては、臓器別でない病棟診療と外来診療を提供できることが望ましい。そのためには、医学生時、あるいは臨床研修時に経験すべき病態・疾患も多い。

地域医療に配慮するため、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡においては12カ月以上、他の都道府県では6カ月以上のへき地・過疎地域、離島、医療資源の乏しい地域での研修をプログラム審査基準上の条件としている。へき地・過疎地域等でない地域での研修をプログラムに組み込む場合には、例えば人口当たりの医師数が全国平均を上回るような地域については含めないなど、へき地・過疎地域等に準ずる地域をプログラム責任者が適切に判断し、客観的なデータと理由書を添付して申請することを求めている。総合診療専門医を目指す方々には、先頭に立ってこれら地域に赴いてほしいと考えている。

総合医療専門医の研修スケジュールについては、まず内科をしっかりと1年、その後、救急3カ月、小児科3カ月、総合診療の研修を行う。総合診療Iは診療所または地域の中小病院、総合診療IIは総合診療部門を有する病院で行う。総合診療という新たな領域の標準的な医療を実践するためには3年では足りないという意見もあり、4年間のプログラムも検討している。

指導医の基準としては、総合診療専門研修特任指導医講習会の受講が必要で、指導医の対象としては、都道府県医師会または郡市区医師会から<総合診療専門医専門研修カリキュラムに示される「到達目標:総合診療専門医の7つの資質・能力」について地域で実践してきた医師>として推薦された医師も含む。

第3期を迎えた日本専門医機構では、新たに「総合診療医検討委員会」を立ち上げた。私が委員長を務め、各界から非常に多くの先生方にご参加いただき、先週第1回が開催された。ここでは基本的事項から、今後はサブスペシャルティの議論も行っていく。議論の前提は、国民の視点に立って、専門医制度を公平・公正に議論すること。それを皆で共有することだ。

新たな専門医のしくみでの採用者数は8,378人で、卒後2年目の臨床研修医の約9割の登録者数となる。もっとも多いのは内科2,671人で、総合診療は184人(全体の2.2%)だった。

一方、日本医師会では医師の生涯教育制度の普及に取り組んでいる。どの診療科の医師にとっても必須となる臨床現場における基本的診療実践力を担保するため、今後は従来の学習方法に加え卒前・卒後教育からシームレスに展開する基本的診療の実践力を維持、向上させる学習方法の導入を大きな目標と位置づけている。

日医かかりつけ医機能研修制度は、かかりつけ医機能のあるべき姿を評価し、その能力を維持・向上するための制度で、基本研修に加え、応用研修、実地研修からなる。3年間で要件を満たした場合、都道府県医師会より修了証書または認定証が発行される。平成30年度の受講者は9,000名を超えるものと思われる。

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講演2

総合診療専門医 -期待と課題-

一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会副理事長/筑波大学 附属病院総合診療科 教授
前野 哲博

自身が総合診療医として活動し、また、総合診療専門医のプログラム責任者として日々指導している立場からお話しさせていただく。総合診療の最終目標は、@「場」を診る、Aまるごと診る、Bずっと診る、であり、幅広さと多様性はそのための手段であると考えている。

@「場」を診る、について。一つの地域を診ようと思えば、そこに暮らす人々の持つ多くの病気に対応する必要がある。大人も子どももいて、内科も怪我も精神的な疾患もあり、診断や治療だけでなく予防も行い、さらに家族のケアまで含めた幅広い視野と柔軟な対応力が求められる。

Aまるごと診る、について。高齢化が進む中、一人の人が数多くの健康問題を同時に抱えている。このような患者を一人の人間としてまるごと診る能力を持ち、その立場で仕事をする医師が求められている。

Bずっと診る、について。例えば高齢患者に「最期までずっと診てほしい」と言われた場合。この患者は将来、どんな病気にかかるかわからない。そのすべてに対応できる自信がなければ「ええ、いいですよ」とは言えない。逆に言えば、そう言いたくて、それが言えるための能力を身につけたい-それが、総合診療専門医を目指す人の心の方向性である。

この「場を、まるごと、ずっと診る医者」を、住民目線に置き換えると、「近くで、何でも、いつでもいつまでも診てくれる医者」ということになる。地域包括ケアシステムの充実には、こういった役割を果たす総合診療医のインパクトは大きい。

キャリアパスの観点から見ると、総合診療専門医と臓器専門医の方向性は少し異なる。高度な技術を修得することにプライオリティがある臓器専門医は、それが効率的にトレーニングできる高度医療機関に集まるベクトルを持つのに対し、総合診療専門医の研修目的は包括的でバリエーションに富んだ健康問題に対応できるようになることであり、地域密着型の医療機関や在宅医療の場に興味のベクトルが向いている。つまり、総合診療専門医の養成は、地域医療との親和性が高いため地域偏在解消に、「えり好みをしない」のが専門であるため診療科偏在解消に役立つため、地域医療充実の切り札となるだろう。

地域で活躍している医師が大勢いるのに、なぜ、あえて総合診療専門医を養成するのか?という声がある。それには、医師養成のシステムの大きな変化と、それが地域医療に反映されるには十年単位の時間を要することを考慮する必要がある。以前は、特に意図しなくても研修の早い時期に総合診療のフィールドを経験する機会に恵まれていたが、近年、臓器専門化が進むなか、専門を極めようとすれば、一人の医師が修得できる能力には限界がある以上、範囲を狭めざるを得ない。専門医制度の導入はその傾向に拍車をかける可能性があり、これからは、広さと多様性を持った医師は、「ひとりでに」育つのではなく、意識して計画的に育てなければいけない。なお、よく混同されがちだが、総合診療医が扱うのは「複数の問題」ではなく「複雑な問題」であるため、単に多科をローテーションしただけの、いわゆる「多科診療医」で対応できるわけではない。複雑な問題を解決するためには、充実した指導体制の下、経験を通して対応力を養う計画的なプログラムが必要と考える。

新制度1期生の希望者は、全体の2.2%の184名と決して多くなかった。近くにロールモデルがいない、キャリアパスが明確でないなどがその要因だろう。また、総合診療領域のみ、へき地勤務が義務づけられたことも、非常に強いマイナスのインパクトがあった。

総合診療専門医を増やすには、安易にハードルを下げるのではなく、大変ではあるが魅力と誇りが感じられるような領域を確立することが重要。それを通して、若い研修医の心に届くしくみづくりが求められている。

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講演3

私の専門は地域です!

公益社団法人 全国国民健康保険診療施設協議会 会長/国民健康保険平戸市民病院長
押淵 徹

全国のへき地や離島、中山間地域といった医療過疎地域で地域包括ケアシステム構築に取り組んでいる807の国診協会員を代表して説明する。高齢化率38.4%の平戸市は日本の過疎地の姿そのものと言える。そのため、高齢者自身の自立・健康寿命の延伸をはかる「元気老人の創出」を合言葉に青壮年期からの健康づくり事業に力を入れている。

平戸市には4つの有人島があり、2つの国保病院、2つの無床診療所で地域医療を守備している。平戸市民病院は病床数100のごく小規模な病院。日常診療にみられる様々な疾患を外来・入院診療にて2次医療レベルまで対処しており、加えて地域支援事業も行っている。当院では、地域包括ケアの実践現場で学んでもらうため、地域医療研修医を全国より毎月3名、年間で約40名を受け入れている。

地域支援事業としては、地域公民館のほか漁船をチャーターしてのサテライト有人島での出張健診、職員が寸劇を行って生活習慣病への理解を深める教室、発達障害児の就学支援、転倒予防などの介護予防事業、介護予防リーダー養成を含む地域リハビリテーション事業、当院の呼びかけで駐在警察官や販売事業者に参加いただいての電動車椅子交通安全講習会などがある。こうした活動までも担う医師像こそが我々の目指す総合診療専門医の姿と考える。日本のどこよりもいち早く高齢化した地域で活躍してきた医師をリーダーとし、少ない資源を有効に活用し、多くの職種との連携のもと作り上げてきたのが地域包括ケアシステムであり、総合診療専門医は、とりもなおさず地域包括ケアシステムの中心的な役割を担うことのできる医師と言える。

総合診療のニーズは多様である。総合診療専門医には、臓器に特定せず全身的な管理ができる視野をもち、急性期のみならず、回復期から慢性期在宅療養期に至る診療ができる、まさに、地域完結型医療を実践できる医師像が求められる。地域にある医療資源・福祉介護資源を織り交ぜたケア、地域包括ケアの理念の実践が望まれる。

国診協が提起してきた総合診療専門医の育成の在り方は、内科専門医・外科専門医の育成と同じく、3年間の専攻期間でまず自由度の高い育成をはかり、総合診療専門医が活躍する診療現場に応じたサブスペシャルティを取得するという、2段階方式。総合診療領域の構造は、医師のライフサイクルに応じ様々に変容してくため、ダブルボードを含めた多様なキャリア形成に対応できる運用が望ましい。他領域のサブスペシャリストから総合診療への転向が評価されるしくみも考慮されるべきと考える。新たな専門領域である総合診療専門医を、魅力ある専門医としてアピールするためには、専門医取得後のサブスペシャルティを示していくことが重要。ダブルボードを認めること、セカンドキャリアとして総合診療専門医へ進む道筋を明らかにすることも大切であると考える。一例としては、卒後義務年限を有する医師の方々にも、総合診療専門医を取得できる自由度の高いコースも設けるべき。具体的には、救急診療研修、小児診療、外科的手技の研修など、カリキュラム制の併用を取り入れることを提案したい。

国診協会員が守備する地域医療の現場に望まれる医師を「地域包括ケア医」と名付け、サブスペシャルティとして評価できないか。地域包括ケア医とは、病院ホスピタリストでも家庭医療専門医でもなく、外来診療も入院治療も在宅ケアも実践でき、地域に必要な健康づくり、健診、教育現場の保健医、介護福祉事業の支えなどに従事できる能力・知識・経験を有する総合医の姿である。それはまた、国診協会員施設で活躍しているほとんどの医師の姿でもある。

総合診療専門研修制度の充実・発展は、オールジャパン体制で行うべきである。その際、公平・公正な議論のため、各種団体からは代表者1名ずつ参加することが重要。また、医師不足地域の実状を把握している中立的立場の委員も必要だ。以上、医療過疎地で様々な苦労をしながら地域包括ケアシステムを構築してきた医師像を骨格に据えた総合診療専門医の姿を提案させていただいた。

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ショートスピーチ1

総合診療専門医育成へのグローカルな取り組み

公立大学法人福島県立医科大学医学部 地域・家庭医療学講座主任教授
葛西 龍樹

1978年に「アルマ・アタ宣言」が採択されて今年で40年。宣言で定義されたプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)は、年齢を問わず、すべての人々への「地域包括ケアシステム」とも言うべきものである(我が国の「地域包括ケアシステム」はまだ高齢者だけの段階)。家庭医療学を学び、世界のスタンダードを意識しながら、日本の地域の実情に合わせて、PHCの専門医である総合診療医を北海道と福島で養成してきた取り組みを紹介する。

1996年に設立した北海道家庭医療学センターは、家庭医療専門医の育成機関で、地域を基盤とした研修プログラムとしては国内初の試みとなった。プライベートながら公益性の高い活動を展開してきた。実践例として示した更別村と寿都町では、どちらも地域住民の信頼を得て診療所の利用者が増加。医療費は大幅に削減され、全国でも最小レベルとなった。

それと並行して、日本プライマリ・ケア連合学会の前身である日本家庭医療学会の有志とともに、学会認定家庭医療後期研修プログラムと専門医試験制度をつくってきた。海外のエキスパートに学びながら制度設計を行い2009年から学会認定を開始した。「すべての医師が備えるべき能力」「家庭医が持つ医学的な知識と技術」「家庭医を特徴づける能力」3層の能力を身につけることで国民のニーズに応えようとした。この制度は「専門研修修了者のみが専門医試験を経て専門医になる」という世界では標準でも日本の医学界では初となる画期的な制度で、日本プライマリ・ケア連合学会へと継承されている。

2006年から福島で「県単位での総合診療」の実現に取り組んでいる。それまで日本の大学の総合診療部は3次ケアの大学附属病院を診療・教育の場にしていたため、明確な役割を示せずにいた。カナダのイアン・マクウィニー教授から学んだ臨床教育の原則は、「スキーが上手くなるには、スキー場へ行って、スキーのインストラクターから習う」。総合診療の指導医がいないへき地へ研修医を派遣することも、3次ケアの大病院で総合診療を教えることも、どちらも適切ではない。実践例で紹介している只見町と喜多方市はへき地である。奨学資金を貸与されて卒業後へき地の医療機関に義務年限勤務することで返済免除になる制度があるが、当講座のメンバーは、現在1人を除き、そのようないわゆる「地域枠」の医師ではない。自ら進んでその地域で総合診療専門医となり、その後も指導医としてそこで後輩たちを育成している。

海外の到達度を学んで、それを指標に私たちの課題を考えている。例えば、オランダの家庭医は、医療の95%を扱い、それにかかる医療費は全体のわずか7%である。オーストラリアは、日本と同様フリーアクセスだが、83%の国民は最初に家庭医を受診している。キューバでは、全ての地域住民に対して、家庭医と看護師が家庭訪問して、健康の社会的決定要因まで個別に把握している。このようなことを実際に当事者から学ぶことでPHCの重要性と可能性が見えてくる。若い医師や医学生にも総合診療専門医のキャリアパスとアイデンティティが実感できる。

メンタルヘルスは世界中で大きな健康問題で、日本でも地域ニーズが高いが、それについての教育は不十分である。日本専門医機構の総合診療専門研修プログラムでは、選択研修として精神科の研修期間を確保することが困難であり、総合診療指導医の指導能力開発が必要だ。世界家庭医機構(WONCA)のメンタルヘルス委員会がエキスパートの家庭医を派遣して、福島の総合診療指導医を対象に今年5月から半年にわたる指導医教育プログラムを実施中である。5月と11月に5日間のワークショップを行い、参加者はその間にも毎月指導を受けながら2次ワークショップを実施した。

総合診療もその学問である「家庭医療学」も、日本ではまだ馴染みが薄い。「ジェネラリスト」や「患者中心の医療」などは、一般的な言葉としても聞かれるが、世界のスタンダードとはまだかけ離れている。日本の総合診療専門医が世界の家庭医と同じ価値観とスタンダードを共有する必要がある。スタンダードの理解と共有を促進するために重要な著作の翻訳プロジェクトを行っている。一方で、日本でもPHC、総合診療、家庭医療学の研究を進めて、日本のスタンダードを探る必要がある。

日本の総合診療専門医制度の課題は多い。この制度は、今いる医師、今ある医療機関の棲み分けや選別ではない。次世代への投資だ。10年、20年先に日本でPHCが整備されているために、次世代を担う人財を今、育成し始めなければならない。今日ここにお集まりの皆様が、PHCの専門医、すなわち総合診療専門医を育成する制度のサポーターになっていただけることを期待している。

WONCAのアジア太平洋地域学術総会が来年5月京都で開催される。多くの日本人が世界と交流し、PHC、総合診療、家庭医療学の世界のスタンダードを理解する場となることを期待している。

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ショートスピーチ2

総合診療専門医への期待と課題

認定NPO法人 ささえあい医療人権センターCOML 理事長
山口 育子

今日は唯一、一般の立場から発言させていただく。ささえあい医療人権センターCOMLは、患者の主体的な医療参加を目指し、患者と医療者が対立することなく、協働してよりよいコミュニケーションを築いていこうという主旨で1990年より活動してきた。

日常の活動の柱として、これまでに約6万件の患者・家族の生の声を電話相談でお聴きしてきたが、「説明不足」という基本的な相談が後を絶たない。その相談内容を分析すると、インフォームド・コンセントはほとんどの現場で、医療者が必要と思う情報の一方通行になっている現状が浮かび上がってきた。多くの患者が内容を理解できておらず、結果として「聞いていない」ことになっている。そんななか専門医制度がどの程度一般化しているかというと、ほとんどの方が始まったことすらご存じないのが実情。多くの患者にとって「専門医」とは、いまだに「神の手をもった医師」のイメージであると思われる。

かかりつけ医、家庭医、ジェネラリスト、プライマリケア医、総合診療医などの呼び方があるが、一般の立場からその違いはわからないだろう。ある調査では、風邪をひいたら86%の人が診療所を受診すると答えたが、その診療所を受診した人のうち、かかりつけ医がいないと答えた患者は6割にものぼった。どうやって医師を探せばいいのかわからない、どの医師を選べばいいのかわからない──そのように戸惑っているのが国民の現状ではないかと思われる。

そうした状況のもと、総合診療専門医を理解してもらうためには、まずは「見える化」を図ることが欠かせない。総合診療専門医の定義を知らせていただくこと、その守備範囲や役割をわかりやすく説明してくれることが不可欠。そして、他の専門医と何がちがうのか、認定されるまでにどんな養成プログラムを経てきているのか、どんな経験を有しているのか、そんなことが見えてこなければ何を期待していいのかもわからないだろう。

総合診療医についてセミナーなどで取り上げると、「そういうドクターにこそ診てもらいたい」と多くの方がおっしゃるが、出会えるだけの選択肢はまだ少ない。研修医の方からは、キャリアパスが見えない、働く場が保証されていないという声が聞かれる。そこをまず解決しなければ、住民にとっての選択肢も広がらない。そして、臓器専門医以外に総合診療専門医という医師がいて、その医師に診てもらうとこんなメリットがあるということを、いかにして多くの方に知らせていくかが大きな課題だろうと考えている。

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パネルディスカッション

パネルディスカッションのようす

尾身座長の基調講演にもあったように、パネルディスカッションは座長の示した課題に沿って進められました。その後、会場からの質問や意見も数多く寄せられ、内容の濃い展開が図られました。最後に、尾身座長が次のような点をまとめられました。

@かかりつけ医は非常に重要だが、日本医師会からも総合診療専門医の育成のために協力を惜しまないという意思表示をいただいた。これまで活躍してこられた医師への敬意は欠くべからざるもので、葛西先生からは教育にも参加していただいてはという新たな視点が示された。A総合診療専門医を目指す若い医師に向けては、前野先生が提言された「場を診る、まるごと診る、ずっと診る」のような「わかりやすさ」が必要。B日本専門医機構には若い人の意見を取り入れてほしい。国民の医療のためという視点に立って、サブスペシャルティなどの課題をオールジャパンで議論していただきたい。C国民の理解も不足している。ジャーナリストの方にも、総合診療専門医は日本の医療をよくする重要なツールであることを理解のうえ積極的に発信していただきたい。

まだ始まったばかりで課題は多いものの、特定の誰かのためではなく、医療界全体で育てていくんだという強い意志のもと、オープンなダイアローグを重ねていこうとの尾身座長の呼びかけで、今回のシンポジウムは幕を閉じました。

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