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シンポジウム

産官学シンポジウム 医療データヘルス改革
−医療ビッグデータ構築とデータが生み出す変革の可能性−

シンポジウムのようす 医療データヘルス改革は、これまで想像し得なかったような革新を多分野で、それも急速に生じさせる可能性を秘めています。2018年の産官学シンポジウムは、ビッグデータに焦点を当て、その課題やリスクについて討議していただきました。
期待されるテーマであるだけに、会場はこれまでにないほど大勢の方で埋め尽くされ、1時間に及んだパネルディスカッションでも多くの質問や意見が会場からなされました。本テーマは、医療データヘルス改革の進展を見ながら、適切な時期に第2回目を開催し、議論をさらに深めたいと考えています。
事務局編集による今回の講演内容の要約は、次の通りです。

※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.28,No.3)2018年10月に発刊予定です。

開催概要

日 時
2018年5月19日(土)13:30〜17:00
会 場
全社協・灘尾ホール
東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビルLB階
主 催
公益財団法人医療科学研究所
後 援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働省 医政局長 武田 俊彦
座長基調講演 京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻専攻長 健康情報学分野教授 中山 健夫
基調講演 厚生労働省大臣官房審議官(医療介護連携担当)/データヘルス改革推進本部事務局長代行 伊原 和人
講演 慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授 宮田 裕章
内閣官房健康・医療戦略室参事官 岡本 利久
エーザイ株式会社 hhcソリューション本部ソリューション地域包括推進部 部長 渡辺 武
パネルディスカッション
閉会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 事務理事 戸田 健二

(敬称略)

座長基調講演

中山 健夫氏の写真

京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻専攻長 健康情報学分野教授
中山 健夫

医療ビッグデータは、製薬企業にとっては医薬品の安全性や有効性のため、行政では国と自治体のため、臨床家には専門性を伴う意思決定のため、研究者には基礎・臨床・パブリックヘルスのため、そして患者や市民(当事者)にとっては、自分や大切な人のよりよい人生のために利用されるべきものだ。現状は、同じ「ビッグデータ」という言葉だが、それぞれの立場の人たちがそれぞれちがう夢を見ていると言えるだろう。

我々研究者がエビデンスをつくるために行っている医学研究には、1次研究(実際の人間を対象に行う研究)と、2次研究(既存データ・情報を活用して行う研究)があるが、この10年間で後者の研究方法が増えてきた。2次研究は、他研究や別目的で収集された既存資料を使用すること、対象者とのやりとりが生じないのが特徴。研究者が明らかにしたいクエスチョンに対しては、データの価値が保証されておらず、使用可能なデータで自分のクエスチョンに適切に答え得るか吟味が必要である。「使用可能なデータ」と「研究」の関係を再構築するための創造性が必要であり、それが臨床試験や治験とは異なる点だ。

ビッグデータとして期待されるレセプト(診療報酬明細書)は、適用外処方・検査目的の傷病名付与、いわゆる「レセプト病名」の問題、そして検査結果・重症度などの把握できないという大きな制約がある。NDB(National Database)には、全額公費負担医療や生活保護受給者のレセプトは基本的には含まれない。しかし、適切な目的のもと限界を知った上で活用すればNDBの価値は大きい。超高齢者を含む「人間」に対し、国民皆保険制度の下でどのような医療が行われているか一億人規模の人口を擁する国レベルで解明できる、現時点では世界で唯一、そして最大のデータベースである。

2018年5月11日に施行されたばかりの次世代医療基盤法により、代理機関による診療情報の匿名加工情報化が可能となり、研究・ビジネスへの活用が推進される。注目されるライフコースデータにおいては、個人識別番号(共通番号)の活用が不可欠で、その議論も活発だ。医療ビッグデータは、大きく生命科学と医療科学の領域で進んできたが、これに「生活・健康」領域を加え、市民が自分たちのライフデザインを行っていく視点も重要となる。

ビッグデータは本当に喜ぶべきものなのか。伝統的な研究は仮説主導型だったが、今後データ主導になっていくと仮説生成・探索の割合が増す。これは可能性を広げる一方で、着地点を誤る可能性にもつながる。従って、仮説検証と生成・探索のバランスをしっかりと考慮しなければならない。

医療ビッグデータ・データベース活用の課題としては、次のようなことが挙げられる。
・必ずしも仮説が事前に明確でない観察研究の宝庫
・サブグループ解析、多重比較、交互作用…
・臨床試験以上に想定される「出版バイアス」「アウトカム報告バイアス」
・多くの研究が見出す「Weak association(弱い関連)」の意味
・意思決定(臨床〜政策)のエビデンスとしての位置づけ
医療ビッグデータを真に役立てていくには、さまざまな知恵を集め、慎重な議論を積み重ねていくことが必要である。

基調講演

伊原 和人氏の写真

データヘルス改革について

厚生労働省大臣官房審議官(医療介護連携担当)/データヘルス改革推進本部事務局長代行
伊原 和人

厚生労働省が2020年に向けて進めている取り組みについて報告する。レセプトデータを取り巻く環境はこの15年間で大きく変わり、現在では、例えば協会けんぽが実施しているジェネリック医薬品軽減額通知サービスなどにより大きな効果を生んでいる。このように医療に関する様々なデータを国民の健康の増進、医療費適正化、医薬品開発などにつなげていくのがデータヘルス改革の大きな目標だ。

その前提としてIDの課題がある。現在、被保険者番号を個人単位化し、これを活用することを検討している。オンライン資格確認システムの構築とあわせて、被保険者番号の履歴を生涯にわたって管理することでIDとしての利用可能性を探っている。加えて、加入する保険者が変わっても従前の保険者のデータも含めて閲覧できるシステムを構築し、特定健診データや調剤データを本人や医療機関に提供することも検討している。

昨年7月、データヘルス改革により提供を目指す7つのサービス(現在は8つ)を発表した。
@ 保健医療記録共有
A 救急時医療情報共有
全国的に保健医療情報ネットワークを整備し、電子カルテ等の情報を閲覧できるようにすることを検討している。構想の具体化に当たっては、ネットワークごとに異なるデータをどう標準化していくか、ネットワークの管理・運営主体をどうするかなど課題も多い。
B 健康スコアリング
NDBデータを活用して、保険者ごとに、加入者の健康状況や生活習慣、医療費などの状況を比較できるようスコアリングし、通知する取り組みを今年度より開始する。
C データヘルス分析関連サービス
公的な医療データベースをいかに連結していくか。まずは、NDBと介護DBをつないで分析の幅を広げ、第三者に提供していくことを検討している。データ提供する場合の対象者の範囲や利用目的、費用負担、セキュリティなどの課題がある。
D 乳幼児期・学童期の健康情報
乳幼児検診のデータは標準化がなされていない。学校検診は標準化されているが電子化が遅れている。今般、有識者会議を設置し、これらのデータを連結し、ビッグデータとして活用するための検討を開始した。
E 科学的介護データ提供
要介護認定等情報、リハビリデータに加え、介入・状態等のデータを新たにデータベース化し、自立支援などの効果が科学的に裏付けられた介護の実現を目指している。
F がんゲノム
ゲノム情報や臨床情報を収集・分析することで、革新的医薬・治療法などの開発を推進する。がんゲノム情報管理センターに、全国11のがんゲノム医療中核拠点や地域拠点病院からのデータを集積し、活用を進める。
G AI
保健医療人工知能(AI)は、画像診断支援、医薬品開発、手術支援、ゲノム医療、診療・治療支援、介護・認知症の6領域を重点項目として取り組んでいる。

講演1

宮田 裕章氏の写真

データヘルス、ICTの改革が実現する次世代ヘルスケア

慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授
宮田 裕章

超高齢化、少子化、経済成長の鈍化、人口減少、相互に影響するこれらの要因が全てネガティブな日本においては抜本的な改革が必要となる。数年先だけをみて政策を実施した場合には、やがて膨れあがる社会保障の重みで国が押しつぶされることとなる。従って20年、30年先の日本のあるべき姿を考え、社会システムのデザインを変革することが不可欠となる。現在この変革を考える上で、重要なキーワードとなるのがICT、ビッグデータである。本日はこれらのトピックを軸にプレゼンテーションを行いたい。

ビッグデータの活用を価値あるものとするためには、データのクオリティーを踏まえた上での分析が必要である。一例として日本の専門医制度と連動した臨床データベースNCD(National Clinical Database)を紹介する。NCDの参加施設は今や5,000以上で、多くの分野では専門医の認定と結びついている。医療が高度化し、専門医として社会的説明責任がより問われるようになった今日においては、自らの実践の位置づけを客観的かつ明確な指標で把握することが不可欠となる。ICT技術を活用することにより、データ入力を行うと予測されるリスクや必要とされる治療プロセスや検査などが直ちにフィードバックされる。これにより集積したデータ分析により未来の医療を変えていくだけなく、その時点での目の前の患者さんの治療にも活かすことができるようになった。また医療機関の資源に適した最善の対応や他診療科や他病院との連携の手がかりを得ることも可能となり、今後の地域医療を支えるデータは不可欠の要素となるであろう。1%のコストで10%の全体コスト削減が可能とも言われるが、このようにデータベースには様々な「価値」が期待されている。

デジタルヘルスの活用という観点からは、この1年はFDA(Food and Drug Administration)の踏み込みが非常に注目される。昨年9月に物質関連障害の治療に関連したモバイルアプリに保険償還を設定したのを皮切りに、多くの非ヘルスケア企業を開発に呼び込んでいる。この結果2018年年初にAppleがApple watchを活用した不整脈検知のアプリを発表し、また同年4月にGoogleもAI付きの病理診断装置を発表した。また同じ4月にはFDAは医師不要で眼底診断可能なIDxという自動診断装置も認可している。デジタルヘルスの活用とAIの進歩には目覚ましいものがある。一方で国内では、病理学会が主導するクラウドを用いた病理診断ネットワークが先駆的な例として期待される。デジタル化実施施設を集約化し、限られた資源を上手に活用してクラウド環境による診断へ移行することができれば、低コストで実施体制を構築することが可能となる。1施設では困難でも、日本全国が連携してAIの開発を行い、診断の質と効率を高めることができれば、様々な可能性が生まれるだろう。

これらデータベースを取り巻く常識も根本的に変わりつつある。2018年5月、EUではGDPR(General Data Protection Regulation、一般データ保護規則)が施行された。中国も同月から同様の基準を採用しており、これから世界のデータベースは個人を軸にオープンな環境でつながっていくことになるだろう。SNSを使用して安価かつ効果のある患者サポートを行い患者の生命予後を劇的に改善するなど、ICTの活用が新しい価値を実現する事例も多く現れている。

この中で健康に対する概念そのものが変わりつつある。「病気にならない、病気を治す」というだけでなく、その手前からサポートすることが重要になる。「魅力的な生き方を追求するなかで自然と健康になれる」こと、あるいは「格差や病気があってもそれを人生の障害と意識することがない」といった健康の概念そのもののInnovationが重要になってくる。医療を取り巻く考え方を革新していくなかで、Universal Health Coverageについても新しい時代に対応した視座が必要とされる。健康な時からの「Health and wellbeing」、若年層や高齢層という括りだけでなく、だれも人を取り残さない「Leaving no one behind」、病院だけでなく地域が連携し、人々を中心にサポートを行う「People-centered」というコンセプトはその一つであろう。

講演2

岡本 利久氏の写真

次世代医療基盤法について

内閣官房健康・医療戦略室参事官
岡本 利久

医療ビッグデータは関しては、@進んでいないアウトカムに関するデータの利活用をどう進めるか、Aデータが分散保有される中、どう質の高い情報を収集・蓄積する基盤を構築するか、B改正個人情報保護法だけで医療分野でのデータ利活用は進むのか、という課題がある。こうした認識の下、本年5月に次世代医療基盤法という新たな法律が施行された。

この法律について、国民・患者を含むすべての方にまずお伝えしたいのは、医療情報の利活用を通じて最適な医療を提供することを目的としていることだ。その上で医療情報は国の認定を受けた事業者にのみ提供する。機微な情報なので高度なセキュリティを確保し、利活用の際は個人が特定されることのないよう匿名加工することが大前提である。それでも、提供を望まない方は拒否することができる仕組みとしている。

その上で、医療機関等の方にお伝えしたいのは、認定事業者への情報提供は任意だが、制度の趣旨をご理解いただいたうえで情報提供にご協力いただきたいことだ。医療現場に極力負荷がかかることのないよう、法的な特例としてオプトアウトでの提供を可能としているし、提供に際して倫理審査委員会の承認も不要としている。オプトアウトの手続きとしての患者への通知も、最初の受診時に書面で行うことを基本としている。

そして製薬企業やアカデミアの研究者の方にお伝えしたいのは、積極的に認定事業者の情報を活用してほしいことだ。単に情報が集まるだけでなく、研究開発の成果が実現して、初めてこの仕組みを整備した目的が達成されることになる。今回の新たな仕組みでは、医療分野の研究開発が目的であれば産学官いずれの主体も利用できる。健診や画像などのアウトカム情報や、医科と歯科あるいは病院から診療所など複数の医療機関にまたがる場合も含め、多様なニーズに柔軟に対応可能である。匿名加工が前提となるが、一般人又は一般的な医療従事者が個人を識別できるかが基準であり、契約に際して情報の共有範囲の明確化等をしていただければ、希少な疾患の場合を含め幅広い医療分野の研究開発に利用可能だ

例えば、大量の実診療データにより治療選択肢の評価等に関する大規模な研究の実施、異なる医療機関や領域の情報を統合した治療成績の評価などが実現できる。AIを活用して画像データを分析し、医師の診断から治療までを包括的に支援するソフトの開発にも役立てられる。また、副作用の発生頻度の把握や比較が可能になり、医薬品等の使用における安全性の向上に貢献する。この仕組みが医療分野の研究開発を進める社会基盤として国民の理解を得て定着していくためには、何よりも成果を出していくことが必要だ。そのためにも、産学官の様々な立場の方にデータの利活用を積極的に進めていただきたい。

講演3

渡辺 武氏の写真

地域包括ケアシステム実現に向けた弊社の【ワンチーム活動】支援のご紹介
〜クラウド型多職種連携ICT【ひかりワンチームSP】を通じて〜

エーザイ株式会社 hhcソリューション本部ソリューション地域包括推進部 部長
渡辺 武

エーザイは、「ワンチーム活動」支援を通じて地域医療に貢献したいと考えている。まずは多職種連携ICTの普及を進め、日常生活情報の共有化を図るとともに医療・介護連携データを蓄積し、在宅介入ノウハウを体系化。これにより、患者様満足度の向上、医療・介護の質の向上、社会保障費の適正化に貢献したい。この支援活動は全国17地域で展開している。弊社は、全国130を超える自治体と連携協定を締結し、疾患を患っても安心して暮らせる街づくりに取り組んでいる。

地域包括ケアでは、在宅患者を多職種連携によりバーチャル病棟のようにチーム対応することが求められるが、環境が整わずチーム力が発揮できていないのが現状。そこで、患者様ごとの目標と対応策を共有できるNTTグループのソリューションツール「ひかりワンチームSP」を提案している。同ツールは、本人の意向や課題を共有した上で目標を決め、目標達成のためのモニタリング項目を設定し、観察するもの。多種多様なBPSD(行動・心理症状)のモニタリングDBも搭載している。

弊社では、多職種がチーム一丸となって問題解決するしくみづくりを「ワンチーム活動」と定義している。この支援活動では、ワンチーム活動支援ノウハウ、個別症例データ、地域統計データなど、医療データの活用と蓄積を行っている。データを活用した症例には、BPSD出現のため新たな薬剤を追加した結果、寝たきり状態になった患者を適切な観察により薬剤中止を決定し、ケアによるBPSD抑制に切り替えたことで在宅療養の継続につながった例や、日々の水分摂取をワンチーム全員で共有し、少しずつ増やしたところ、水分摂取量が増加し、要介護度が5から3に改善した例などがある。

まだ途に就いたばかりの個別活動ではあるが、QCD(Quality、Cost、Delivery)を意識したPDCAにより、アウトカム(地域全体の活動)につなげていきたい。米国ACO(Accountable Care Organization)モデルは医療費削減額の5割を地域に還元し、自律的にPDCAが回るしくみとなっている。弊社の「ワンチーム活動」支援が国内盤ACO構築のお役に立つことを願っている。

パネルディスカッション

パネルディスカッションのようす

パネルディスカッションでは、各演者からの講演の補足説明ともに、データが真に評価されるしくみや、医療機関のインセンティブ、データを取得するためのコスト負担などについて議論が深められた。量的データばかりに注目が集まりがちだが、「データだけがすべてではない」(中山座長)との認識もあらためて共有された。

会場からは、インセンティブの分かりにくさや、具体例がなかなか見えてこないという指摘があったほか、データベースを取り扱う専門家の人材育成について質問が寄せられた。人材育成については、各登壇者がそれぞれの立場から持論を展開し、本編では触れられなかった課題も浮き彫りとなった。