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シンポジウム

産官学シンポジウム ASEANにおける医薬品アクセス問題と企業進出
−インドネシアでの調査を踏まえて−

シンポジウムのようす 2015年の産官学シンポジウムは「新興国、発展途上国における医薬品アクセス問題と医療関連企業進出の課題」と題して議論を展開しましたが、本年はそれをさらに具体的に発展させるという観点に立ち、ASEANの情勢に精通している講演者、パネリストをお迎えし、それぞれの立場からのご発言をいただきました。また、医療科学研究所では今回初めてインドネシアへの海外調査を行い、政府の保健医療政策や現地産業の戦略などをご報告いただきました。
事務局編集による各講演内容の要約は、次の通りです。

※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.26 No.2 2016年7月発行)に掲載しています。

開催概要

日 時
2016年5月21日(土)
会 場
全社協・灘尾ホール
東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビルLB階
主 催
公益財団法人医療科学研究所
後 援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働省 大臣官房審議官 飯田 圭哉
座長趣旨説明 日本大学 薬学部 教授
公益財団法人 医療科学研究所理事
白神 誠
基調講演 独立行政法人日本貿易振興機構
シンガポール産業調査員/経済産業省参事
西川 和見 
独立行政法人 国際協力機構
人間開発部 技術審議役
金井 要
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
国際協力室長
佐藤 淳子
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
公益財団法人 医療科学研究所 理事
中村 洋
パネルディスカッション 座長及び基調講演者
厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課長 宇津 忍
エーザイ株式会社
アジアリージョン事業戦略部長
小越 健史
アステラス製薬株式会社
アジア・オセアニア事業本部専任理事(渉外担当)
長岡 秋広
閉会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 専務理事 戸田 健二

(敬称略)

座長趣旨説明

白神 誠氏の写真

日本大学 薬学部 教授
公益財団法人 医療科学研究所 理事
白神 誠

日本の製薬企業の途上国への進出が期待されているが、それは容易なことではない。国ごとの文化、宗教、慣習、コスト、マネジメント、知財、審査基準、偽造品、リスク管理、CSRといった様々な課題があり、それぞれの国ごとに解決していかねばならないからだ。
昨年の産官学シンポジウムでは総論的に問題・課題の抽出を図ったが、より深い情報が欲しいという声があった。そこで今回はターゲットをしぼり、10カ国で6億2,000万人という大きな市場を有するASEANを取り上げる。今回、医療科学研究所の初めての試みとしてインドネシアでの現地調査を行った。ここで得た情報をお持ち帰りいただき、それぞれで検討いただきたい。新たな課題が生じたら、また次のステップへ進めるものと考えている。

講演1

西川 和見氏の写真

ASEAN経済共同体とヘルスケアビジネスについて

独立行政法人 日本貿易振興機構 シンガポール産業調査員/経済産業省 参事
西川 和見

シンガポールを中心にアジアの企業連携を見ている立場から、ASEANでビジネス展開する上で重要な点を紹介する。

リーマンショック後、世界の経済の中心はアジアに移行。アジア新興国のGDPは2020年には米国を上回り、世界の2割を占めると予測され、新たな事業機会が生じることになる。しかし、世界の富の8割は先進国にあるなか、海外からの投資がなければ経済は発展しにくい状況にある。アジアの成長はいかに資金が流れ込むかに依る。今後も外資の企業により経済は牽引されていくだろう。

6億2,000万人の人口をもつASEANだが、実際は相対的に小さな10カ国の集まりで、宗教、言語、文化などがすべて異なる。政治的な中心は、ASEANの人口の1/3、GDPの1/3を抱えるインドネシア。ビジネスの中心は、シンガポールやマレーシア。資金、技術、ネットワークを外部に依存するASEANは、他国との協力による経済発展を望んでいる。

ASEAN経済共同体(AEC)は「AEC2025」に向けて、ビジネスの声も取り入れた経済統合、およびヘルスケアを含む分野別統合を謳っている。近年は経済成長に伴いASEANワイドでビジネスを行う企業やビジネス団体が増えている。そんな中で注目したいのはASEAN Business Clubで、この経営者団体はAEC2025においてヘルスケア分野の合意に大きな役割を果たした。

今後10年程度をかけて、アジアではビジネス主導の企業統合・連携が加速すると思われる。ASEANワイドの企業が増えていくことで、日本の企業も活動しやすくなるだろう。AEC2025 ブループリントのヘルスケアの項(発表資料15頁参照)には、民間ヘルスケア市場の開放とユニバーサルヘルスケアのためのPPP(Public Private Partnership)投資を継続する、薬事審査のハーモナイゼイションを図る、保険システムを促進する、ヘルスケア専門家の移動を円滑化する、といった内容が文書化されている。

ASEANのヘルスケアビジネスは、現地ビジネス業界と外資系企業が一体となってASEAN政府に働きかける流れが効果的である。AEC2025でもビジネスインプットを歓迎している。日本人および日系ビジネスは欧米ビジネスに比べ、現地ビジネスへの関与がそう深くはない。しかし、日本の技術力や制度への信頼度は極めて高い。日本も現地ビジネスの中に入り込み、共に声を上げていくことが重要であろう。

講演2

金井 要幸氏の写真

保健分野の国際協力
国際協力機構(JICA)

独立行政法人 国際協力機構 人間開発部技術審議役
金井 要

国連ミレニアムサミットで定められた、途上国に対する「ミレニアム開発目標(MDGs)」では、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康の改善などのゴールが示されたが、2015年9月にはこれを発展させた「持続可能な開発目標(SDGs)」が新たに設定された。すべての国を対象に、あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進するというゴールが示された。この具体的なターゲットのひとつに「すべての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い基礎的な保健サービスへのアクセス及び安全で効果的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する」ことが示されている。

JICAの保健分野の協力の例をいくつか紹介する。

UHCは、「すべての人々が必要とする保健医療サービスを負担可能な費用で受けられる状態」を言い、日本の国民皆保険制度を世界に広められないかという発想が元となっている。例えばケニアでは、JICAが専門家を派遣し、技術協力と円借款のスキームを同時に実行してUHCの取り組みを行っている。この際、ケニアのリーダーシップとオーナーシップを大切にし、成果連動制でやる気を喚起することに重きを置いている。

途上国の病院運営の改善には、日本の産業界で発展した品質管理手法「5Sカイゼン」を取り入れている。5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を指導し、同時に「質改善チーム」を編成し、病院スタッフから自主的に行動するようなしくみとしている。このプログラムはスリランカで大きな成果を収め、その後スリランカが主体となってアフリカなどの各国にその知見を普及させている。

JICAは1990年代より100カ国以上で結核予防支援を実施している。アフガニスタンでは結核技術者の指導に加え、日本の製薬企業、医療機器企業の協力を得て、多剤耐性結核患者の治療支援を行うところである。

地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)は、文科省と外務省・JICAが連携し、国際共同研究を行うプログラム。例えば感染症対策においては、日本にないNTD(忘れられた熱帯疾患)をその疾病の流行地で研究しており、相互の若手研究者を育成する機会ともなっている。SATREPSでは検査機材やラボの整備など研究環境を整えることができ、パートナー国の研究者の意識を高めている。例えばインドネシアの生物資源多様性に関する研究では、現地のカビ等を用い、筑波大学が現地の研究者と共に医薬品のシード探索を行っている。

講演3

佐藤 淳子氏の写真

PMDA医薬品・医療機器アジアトレーニングセンターについて

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 国際協力室長
佐藤 淳子

PMDAは欧米のみならず、アジア各国とも合同シンポジウムの開催などによる連携を進めている。ASEANはじめアジアの国々はグローバル化が進展し、欧米をにらんで活気づいている一方で、経済的・人材的な制限が見受けられる。薬学部が2つしかない国もあり、組織の人員が増えてもその専門性は十分とは言えない。規制当局の責務は、国・地域にかかわらず、レギュラトリーサイエンスに基づき、よりよい医薬品・医療機器・再生医療などが、より早く、より安心して使用できる環境を創出し、患者の期待に応えることである。

PMDAでは、2015年6月に国際戦略を公表した。その構造は、ビジョン、戦略、ロードマップからなる。①先進的な取り組みによる世界への貢献、②他国・地域との共通の利益の最大化、③他国・地域のニーズに応じた叡智の共有、という3つのビジョンの下に具体的な戦略を設定している。①では、「レギュラトリーサイエンスセンター」の設立を計画しており、これにより新規性の高い商品を効果的に届けるために審査の技術レベルを向上させていく。②では、規制調和とワークシェアリングを目指す。③の戦略は、相手国・地域が規制の基盤整備に必要とする情報・トレーニング等の提供である。具体的な活動として、2016年4月1日に「アジア医薬品・医療機器トレーニングセンター」を開設した。

同センターは、アジア規制当局や企業のニーズに応じたトレーニングを提供し、それを継続的に実施していく。一度の研修だけでは理解を深めるのは難しいという声もあるため、PMDAでは継続性を重視した。初級者、上級者といった研修対象を明確化したシラバスを作成し、系統だったトレーニングで理解が深まるようなトレーニングプログラムの提供を予定している。これまで日本においてのみ海外規制当局を対象としたセミナーを実施してきたが、渡航費や滞在費の問題を解消するために、PMDA職員がアジアに出向いてトレーニングを実施することも計画している。また、APECの枠組みの中でのトレーニング提供も計画している。本年度は、製薬企業の協力を得て、GMPのトレーニングを初めて実施する予定である。

アジア医薬品・医療機器トレーニングセンターが目指しているのは、Well CommunicationとWin-Winの関係。一方的に押しつけるのではなく、相手のニーズを把握・共有し、アジアという地域を共に築き上げる仲間としての信頼を構築していきたい。そしてお互いにとってメリットのある活動をしていければと考えている。

講演4

中村 洋氏の写真

インドネシアにおける医薬品アクセス問題解決への支援ならびに日本の製薬産業ビジネス機会に関する調査報告

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授
公益財団法人 医療科学研究所 理事
中村 洋
(京都大学 和久津尚彦 特定助教との共同調査)

2016年4月にインドネシアを訪れ、インドネシア政府関係者、現地製薬業界、日本大使館、JETRO、現地進出の日本企業などに話を伺ってきた。また、5月にHasbullah Thabrany教授(Chair, Centre for Health Economics and Policy Studies, Universities Indonesia)を医療科学研究所に招いてのセミナーを開催し、事後ヒアリングも行った。

キーワードは「Unmet social/medical/economic needs(UN)」と「Capacity building(CB)」。日本とインドネシアのWin-Winの関係を構築するためには、①優先度の高いニーズ(UN)、②優先度の高いCB、③日本の企業/業界/政府が提供できること(社会貢献のみならずビジネス上でも)という3つのサークルが重なる部分に投資や協力を行うのが重要と考える。

現地調査前には、日本企業として、医薬品の(主として製造上の)質向上に貢献できるのではないかと考えたが、現地政府からは質に対する懸念はほとんど聞かれなかった。業界、特に大手企業は質に自信を持っており、単なる質向上への支援の優先度はそれほど高くないようだ。ただ、優先度が高くない要因として、質に対する意識の日本との違いのみならず、人的資源の制約で質に対する懸念が医療現場から上がりにくい現地の状況にも留意しなければならない。

一方で、優先度が高い一例としては、現地生産・輸出がある。インドネシア政府は、現地での雇用創出ならびに経常収支改善に貢献する医薬品の現地生産・輸出に期待している。特に、原薬からの現地生産能力の向上は現地政府にとって優先度が高い。したがって、医薬品の現地生産・輸出ならびにそれを可能にする医薬品の質向上は、前述のサークルの重なりの部分と言えるだろう。

他に、現地生産設備を持たない企業も貢献できることがある。例えば、医薬品の適正使用について。適正使用に対する正しい認識を持ち、適正使用のための服薬指導ができる人材の育成・蓄積は必要性ならびに優先度が高い。そのような人材の育成・蓄積ができれば、製薬企業が自社製品のターゲット疾患に対する啓発(疾患啓発)を行う際にも有力な戦力となりうる。(また、そのような人材の育成・蓄積が進めば質向上への意識が高まり、質についての情報が政府に届くことで、質向上に向けた具体的な政策につながっていくことが期待される。)

今回の調査で私が感じたキーポイントは次の5点。①UNならびにCBの分野の把握により、政府の優先度が高い施策を予見できればビジネス機会を見出すことにつながる。ただし、絶えず変化するUN、CBに十分留意したい。②優先度の高い分野の変化に留意しながら、自社が貢献可能で、ビジネスとなりうる施策の戦略的立案と迅速な展開。③企業・業界内の戦略的人材の育成・蓄積。特に、医療関係者のみならず制度設計に関与するKOL(Key Opinion Leaders)との関係構築に専念できる体制が必要である。④企業内外でのBuilding capacityの戦略的な活用。⑤相互的・継続的・能動的・重層的・横断的な情報共有。特に、今回の現地訪問では、相手の知りたい情報でこちらが知りたい情報を得るという手法(相互的な情報提供)が有効と感じた。

パネルディスカッション

パネルディスカッションのようす

厚生労働省 医薬・生活衛生局安全対策課長
宇津 忍

エーザイ株式会社 アジアリージョン事業戦略部長
小越 健史

アステラス製薬株式会社 アジア・オセアニア事業本部専任理事(渉外担当)
長岡 秋広

パネルディスカッションは、白神座長と4名の基調講演者に加え、アジアの医療事情に精通している、上記3名にご参加いただき、以下コメントをいただいた。

宇津「東南アジアにおいては、国ごとのニーズを正確に把握し、国ごとにアプローチしていく必要がある。どの分野にどの程度の何を投入していくのか、優先順位をつけて臨むことも考えて行くべきだ」

小越「企業の東南アジア進出を考えたとき、どうしても市場を一括りにしがちとなる。例えば都市部と農村部では医療インフラやアクセスに大きなギャップがある。保険制度も異なる。コスト、質ともにアンメットニーズは存在しているが、アジア全体のロジスティクスなどを組み合わせていかなければ、ビジネスは難しいように感じている」

長岡「アジアのビジネスにおいては厚生労働省やPMDAと連携した活動が増えており、近年はタイや台湾で具体的な成果が出つつある。製薬協国際委員会としては現地日系製薬企業グループと密に情報共有し、対処すべき課題と優先順位を把握したうえで、厚生労働省やPMDAに正確にインプットすることが重要。成果が出るまでには時間がかかる。産官学が引き続き密に連携して情報を共有し、オールジャパンで取り組んでいく必要があるだろう」

その後、各パネリストからは、ASEANにおける医薬品の承認審査をはじめ、人材や疾患啓発など様々な分野の事例紹介がなされた。会場の参加者の関心も高く、多くの質問が寄せられるなど、企業のASEAN進出に向けた大きな足がかりとなる意見交換の場となった。