English English お問い合わせ お問い合わせ

シンポジウム

産官学シンポジウム2021 エコシステムとヘルスケアの将来
−デジタルトランスフォーメーション時代を踏まえて−

 昨年の産官学シンポジウムは、新型コロナウイルスの影響により中止となりました。今年は当初、人数制限を行ったうえで会場での開催を予定していましたが、4月25日に東京など4都府県に緊急事態宣言が発令されたことから、Zoomウェビナーによるオンラインに変更して開催いたしました。
 急な変更にもかかわらず、製薬業界関係者をはじめ300名を超える方々の事前登録があり、これからのビジネス変革の鍵になるとも言われるエコシステムやDX(デジタルトランスフォーメーション)への関心の高さがうかがわれました。また、当日の模様を収めた動画を、医療科学研究所のホームページに6月7日より7月30日まで掲載しています。

事務局編集による座長基調講演および各講演の抄録は次の通りです。

※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.31,No.4 2021年10月発行)に掲載予定です。

開催概要

日 時
2021年5月15日(土) 13:30〜17:00 (オンライン開催)
主 催
公益財団法人医療科学研究所
後 援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働省医政局経済課長 林 俊宏
座長基調講演 慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授 宮田 裕章
講演 椙山女学園大学現代マネジメント学部教授/京都大学名誉教授 椙山 泰生
厚生労働省健康局健康課課長補佐 藤岡 雅美
株式会社CureApp最高経営責任者(CEO)/日本赤十字社医療センター呼吸器内科 佐竹 晃太
エーザイ株式会社執行役チーフデジタルオフィサー(兼)コンシューマーエクスペリエンストランスフォーメーション本部長(兼)エーザイ・ジャパンデピュティプレジデント 内藤 景介
パネルディスカッション
閉会挨拶 公益財団法人 医療科学研究所 事務理事 戸田 健二

(敬称略)

座長基調講演

デジタル革命の先にある新しい社会

慶應義塾大学 医学部 医療政策・管理学教室 教授
宮田 裕章

 今、時代は大きく動いている。新型コロナウイルスにより、社会のビジョンは徹底的に変わった。その理由のひとつは、社会システムに大きな影響をもたらしていること。例えば第1波の時のアメリカの失業者は4,200万人となり、社会を大きく揺るがした結果、Black Lives Matterにつながったと考えられる。アフリカ系アメリカ人と白人の死亡率が2倍以上に開いたのは、健康の社会的決定要因(SDH: Social Determinants of Health)によるものが大きい。
 世界経済フォーラムでは、経済合理性だけの世界は終わりにしなくてはならないとして「グレート・リセット」の必要を訴えている。短期の利益だけで他者を踏みつけていくのではなく、持続可能な世界の中でいかに協調していくかが重要だ。私も関わっている大阪・関西万博が開催される2025年は、世界中の問いを持ち寄って次の世界をどうつくっていくかというタイミングとなるだろう。
 これまで医療のエコシステムは独立して考えられがちだったが、社会全体における医療の位置づけが大きく変わった。大きな転換点はデジタル革命。狩猟社会から農業革命、産業革命を経て、情報革命が起こった(Society5.0)が、ここからの10年で社会のあり方は根本的に変わるだろう。2013年にGAFAと呼ばれるデータメジャー4社の時価総額は石油メジャー4社を超え、その後、GAFAの時価総額は10倍以上になっている。一方、日本は、コロナ禍で買い占めや教育の停滞など、データを扱えないことによるデジタル化の遅れを露呈してしまった。
 デジタルによってできることは常に変わっているが、現時点で言えることは、最大多数最大幸福の世界からの脱却だろう。これまでは同じモノを多くの人に配るのが行政でありビジネスであったが、デジタルやAIを活用することで、例えば家計へのダメージをリアルタイムで測定し、必要な人に必要なタイミングで必要なサポートを提供できるようになる。デジタル革命でもっとも大事なのは体験価値だ。中国平安保険は、保険証書ではなくアプリを通して体験としての健康を提供することで、世界最大の時価総額を持つ生命保険会社に成長した。これは医療業界でも同じで、どういうタイミングで、どのような人たちに、どのような処方をするか。そして、薬の使い方そのものに知財が生じてくる。病気が治癒する体験、あるいは病気であってもその人らしく生きる体験、そこにコミットできるかどうかがおそらく成否を分けていくだろう。
 また、製品を売る時代は終わったと言える。日本のものづくり文化もアップグレードする必要がある。象徴的なのはネットフリックス。これまではクリエイターのセンスが重要視されたが、すでに視聴者の一人ひとりからデータが得られる時代になっている。何に感動し、何を大切に思ったかなどを集約することで質の高い作品をつくることができる。消費する「ものづくり」から、共有する「価値づくり」にシフトし、これからの経済は「人々を軸」に動いていくだろう。医療においてもすでに同じだろう。どういう疾患があるのか、どういう治療歴があるのか、目の前の治療期間に最善の専門医がいるのか、家庭での治療環境やサポート環境はどうなのか、これらによってどのタイミングでどういう治療を受けるかは変わってくる。そのとき何が転換点になるかというと、最大多数の最大幸福ではなく、最大“多様”の最大幸福(The Great Happiness with Diversity and Inclusion)。これが目指すべき世界ではないかと考えている。
 現在、政府と取り組んでいることのひとつが、シングルマザーや子どもたちの貧困の問題。生活、教育、医療、福祉などの情報をつなげることによって、苦しい人たちに寄り添うことが可能になる。例えば子どもの成長曲線や教育水準などが止まったとき、家庭に何かあるのではないかと疑うことができる。苦しくなる前に手を打つことができるのはデータならではの力だろう。誰一人取り残さない時代がようやく目指せるようになったと言える。
 そんななか、社会における豊かさの考え方も変わってきている。今まではモノの所有だったが、生きることの豊かさ(Well-being)が提唱され、さらに一人よがりの豊かさでは続かないという発想になってきている。誰がどこで何を食べて、どう学び、どう働くか。これら行動は互いに影響し合っている。つながりながらどう豊かにあるべきか考える社会を目指さなくてはならない。Well-beingだけでなく、Better Co-beingを目指すなかでエコシステムを考えることがよりよい未来につながるものと考えている。

講演1

ビジネス・エコシステムの視点

椙山女学園大学 現代マネジメント学部 教授
京都大学 名誉教授
椙山 泰生

 ビジネス・エコシステムとは何か。スマートフォンには様々なアプリが入っているが、実はその向こう側では様々なプラットフォームとつながっていて、様々な体験が可能できるしくみとなっている。相互依存しているシステムとして価値を享受する場合、1社だけで価値を供給しているケースはまれで、多くの場合、他に補完財生産者やサプライヤー、関連・支援業者等が存在し、顧客もプロセスに加わり、時には競争相手とも協働しながらパフォーマンスを向上させれば、最終的には自社のパフォーマンスも向上する。このような世界をエコシステムと呼んでいる。
 エコシステムは、3層(Value Proposition、Artifacts、A Set of Actors)に分かれたものがつながっている。顧客に対しどのような価値を提供しているかによって範囲が定まり、それを提供するのに関連する人工物やサービスの集合体、企業の一群のプレイヤーが存在する。起点は、顧客に対してどのような価値提案を行っているかである。「新しい価値システムの構想の実現に対して、人工物の開発・生産などによって貢献するエージェントの集合体」をエコシステムと我々は呼んでいる。
 エコシステムの特徴は、①構想によって規定されたシステムへの参加者間で競争しつつ協力し、そのコミュニティ全体の運命を共有している(Iansiti and Levien, 2004)、②システムの境界が価値提案によって変動し、焦点となる価値提案を実現するために相互作用するアクター間の「アライメント構造」が必要(Adner, 2017;Kapoor & Lee, 2013)、③一群のアクター間の補完性が部分的に設計・計画されつつ創発するプロセスの成果として実現している(Jacobides et al., 2018)。
 ビジネス・エコシステムにおけるリスクについて。例えば電気自動車をシステムとして機能させるとき、電池および充電スタンドのイノベーションに相互依存する。これをロン・アドナーは、協働革新リスク、採用連鎖リスクと呼んでいる。採用連鎖リスクは、自身のイノベーションの商業的成功がパートナーのイノベーションの受容に依存するリスク。充電スタンドの普及を受け容れる一群のプレイヤーがいなければ成立しないということ。一方、協働革新リスクは、自身のイノベーションの商業的成功が他のイノべーションの商業化に依存するリスク。これらをどう片付けるかが成功の鍵となるとアドナーは主張している。
 協働革新リスクは、パートナーのイノベーションの成功確率の平均値ではなく、確率の積によってシステム全体の成功確率が決まるのが問題だ。どこかひとつがうまくいかなければ全体がうまくいかない。システム全体で実現する目標のすり合わせ、役割分担、資源投入量を調整して全体の成功確率を変える活動が必要。また、リスクを誰がとるのかも重要だ。
 採用連鎖リスクは、便益が最小のパートナーの水準に合わせてイノベーションの採用が決まる点が最大の問題。パートナーは入手可能な代替品との比較によって言うイノベーションの採用を考慮する。例えばデジタル映画館は技術的には優れていて、エコシステム全体に便益をもたらすものと分かっていたが、肝心の映画館にとってはコストが層便益を上回っていたためなかなか採用されなかった。しかし、財政援助により映画館へのデジタル映画の導入が進み、インセンティブの提供が重要であることを学ぶ事例となった。
 ヘルスケアの採用連鎖リスク事例を紹介する。画像診断装置は日米に対し、英国ではあまり普及しなかったが、医療・保険への支出抑制と機器開発へのインセンティブのほか、病院が自律的に装置を導入できるかどうかが大きな差につながっている。ファイザーの吸入インスリン「エクスベラ」は、通常は肺機能検査を行わない内分泌医による検査がなかなか受容されず普及が遅れたと言われる。電子カルテは医師に対するインセンティブの不足が普及を妨げた要因のひとつと思われる。
 これらの解決策のひとつが「アライメント構造」作り、つまりプレイヤー間の様々な調整だ。中でも重要なのが中核企業(キーストーン企業)。中核企業は、最終製品もしくはエコシステム全体の価値に大きな影響を与えるサプライヤーが担うことが多い。また、期待利益が最大、社会的な正当性が最大、もしくはシステムに関する知識・能力が最大のプレイヤーが担うことが多い。中核企業には、①システムレベルの目標を設定し、メンバー間の役割の改造的な分化を定義し、標準やインターフェイスの確立を行う。②知識の共有のあり方を管理し、イノベーションの専有可能性、およびネットワークの安定性を管理する。③新技術とその商業化に向けての投資の調整を目的としたイノベーターと、その補完財提供者との間の協力をアレンジするといったことが求められる。
 ヘルスケアの領域でのエコシステムマネジメントの課題は、予防、診断、治療、ホームケアなど各領域の横断的な構想形成を誰がどのように担うのか。そして、病院、製薬会社、医療機器メーカー、保険会社、情報システム業者、サービス提供業者、政府、患者などのどこかひとつが回らないと全体が回らなくなるという採用連鎖リスクがある。アライメント構造としては、構想形成のための知識集約と合意形成、異種のプレイヤー間の協働を可能にする知識共有とネットワークづくり、相対的に便益の小さいプレイヤーへのインセンティブの設置が必要と考えられる。初期の段階では中核企業が自社内で構想形成とリスクテイクを行ったうえで、徐々に周りのプレイヤーにオープンにしていき、ある程度モジュール化が進んできたら周りに役割を委ねていくというプロセスが、多くのエコシステムの形成と発展の過程で見られてきた。

講演2

健康という価値の再定義とこれからの健康づくり
−Health as the ability−

厚生労働省 健康局健康課 課長補佐
藤岡 雅美

 健康づくりにおいて、①健康は本人の責任ではない、②社会的・環境的要因への着目、③健康はabilityである、という3点に注目している。公衆衛生を世界的潮流から見ると、1998年に健康の社会的決定要因(SDH: Social Determinants of Health)の定義がなされ、その後政策概念としても広がり、アプローチとしてのHiAP(Health in All Policies)、コミュニティや市民社会の役割・権限の強化について議論されている。アメリカでは2016年に、Public Health 3.0が定義された。複数のセクター、コミュニティのパートナーを巻き込むことで集団への影響をつくりだすもので、成功要因としては、強いリーダーシップ、柔軟で持続的な資金、戦略的なパートナーシップなどが分析されている。オランダでは2009年に、Health as the ability(能力としての健康)が定義された。健康はabilityで動いていくものであって、その人の生きたい目標や形に対して機能が備わっているかどうかで健康を見ていこうというもの。過去の健康観が「静的」「状態」「目的」「生物学的側面」であったのに対し、近年の健康観はそれぞれ「動的」「資源・能力」「手段」「全人的側面」へと変化している。健康を目的にするのはそろそろやめようというのが、全人的に健康を見ていく上でのポイントとなっている。
 健康づくりにおいて陥りがちなワナが、現在割引価値。つまり、将来得るものの価値が下がるということで、例えば年利5%で今の100万円と50年後の100万円を比較したとき、後者を今の価値で換算すると9万円以下でしかない。今から病気を予防しようとしても、その行動が将来どのくらい影響するかは分からないし、どうしても今の楽しみを優先してしまいがち。将来の健康のために今から行動を起こそうということが価値として感じにくい点が落とし穴となっている。では、どうするか。例えば、健康を別の価値に置き換える。営業成績を上げたい、美しくなりたい、かっこよくなりたい、おしゃれな生活をしたいといった別の価値をどのように定義し、意識付けしていくかが重要。もうひとつのポイントは、目的などは関係なく、日本に生きていたら意識せずに健康になれるという環境をつくっていくことだ。
 私が経済産業省にいたときに取り組んだ健康経営(Health and Productivity)は、健康管理を経営的視点から考え戦略的に実践しようというもので、目的はあくまでも業績向上、企業価値向上だ。プレイヤーにとっての価値が何なのかは明確にしながら、健康への取り組みとゆるやかに連携していく視点が重要と考える。また、選択肢をうまく設計・配置することで背中を押すように適切な選択をさせようというナッジ理論がある。例えばビュッフェの75%の客は最初に目に入ったものをとる、とった食べ物の66%は最初の3品で占められているといったデータがある。つまり、野菜を最初の目立つ場所に配置するだけでも健康づくりに役立てられる。イギリスでは減塩の取り組みとして、食品企業と共同してパンやシリアルなどの食塩含有量を気づかない程度に下げていった。これにより普通に生活しているだけで塩分摂取量が下がり、血圧も下げられた。
 厚生労働省では、デジタルヘルスの取り組みとして、Personal Health Record(PHR)を推進している。新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プランは、①全国で医療情報を確認できるしくみの拡大、②電子処方箋のしくみの構築、③自身の保健医療情報(PHR)を活用できるしくみの拡大という3つのアクションを、今後2年間で集中的に実行しようというもの。PHRは、生まれてから学校、職場など、生涯にわたる個人の健康情報を、電子記録として本人や家族が正確に把握するためのしくみである。健診・検診情報や、今話題になっている予防接種履歴などの医療情報、そして身長や体重などのライフログ、それに加え民間の領域でとらえているような食習慣、運動習慣、睡眠時間などの健康情報をしっかりと活用することで、インフラとして本人の健康づくりを支援していく。これまでは様々な情報が異なる主体で保有されていたが、それをマイナポータル等のしくみによりワンストップで本人に提供する施策を進めている。実際の活用場面を制度設計に組み込んでいくためには、マイナポータルのAPI連携が必要。この4月に基本指針を作成し、事業者の申請受付も開始した。
 社会資源としてのPrivate Sectorについて。世界の歳入トップ100を見ると、その7割は国ではなく企業であり、国が企業と組んでいくのは構造的に不可避の状態にある。公は官が担い、私は民が担うという関係ではない。わが国でも、江戸時代の火消しなど、昔から公を民が担ってきた事例などあり、単純な1対1ではないということをご理解いただきたい。
 社会システム全体を踏まえて行動変容の連鎖を生み出すためには、ひとつの課題に対して1対1で対応するのではなく、個人、企業、社会の大きな循環の中で解決していくことが望ましい。

講演3

医師が処方する「治療アプリ®」を通じたデジタル療法が示す可能性

株式会社CureApp 最高経営責任者(CEO)
日本赤十字社医療センター 呼吸器内科
佐竹 晃太

 株式会社CureAppの創業は2014年。これまでに経済産業省、NEDO、総務省、東京都などにご支援をいただきながら、医薬品や治療機器と同様に治療有効性を謳うソフトウェア医療機器の開発を行っている。治療用アプリは、2014年の薬事法改正でアプリやソフトウェアが保険の対象になったことを受けて事業化を開始した。DTx(Digital Therapeutics)とも呼ばれる治療用アプリの開発は、ベンチャー企業ならではの機動力が発揮できるデジタル領域で、米国と比べても遜色ないスピードで進められている。当社の製品パイプラインは、ニコチン依存症、高血圧、NASH、アルコール依存症、がんの領域で、開発を進めている。禁煙領域については昨年12月に保険適用された。高血圧領域もフェーズ3の治験が終了しており、世界でもフェーズ3を2本成功させたのは私が知る限りでは当社だけだ。
 治療用アプリは、医師が薬と同様にアプリを処方して治療するもの。従来の診療は、家に帰ると手技や生活習慣指導などの介入が難しい点が課題だったが、治療用アプリは診察時間外や在宅時の介入も可能だ。医師側も在宅時などのデータを元にした判断ができるので診療の効率化と質の向上が期待できる。また、作用機序の観点からは、行動変容というアプローチで新たな治療効用を目指せることがポイントとなる。
 システムはクラウドで、医師の診断のもとにアプリを処方し、患者が体調を日々入力すると、適切な診療ガイダンスとして患者の元に送られる。このガイダンスはシステムのアルゴリズムを介してシステム側から個別にカスタマイズされ発信されるのが特徴。アプリを通じて、服薬管理などに加え、行動療法や心理療法を行うことができる。データは医師側にも共有され、診療サポートに活用されることで短い診療時間の中でも質の高い診療が可能となる。医師と患者の診療を対面ではなく、オンラインで実施するオンライン診療とは異なり、治療用アプリは院内・在宅における治療空白に対してアプリ自体が治療介入するものだ。治療用アプリはデジタル療法とも言われ、医学的根拠に基づく治療法である点、治験を経て薬事承認・保険適用されている点、医師が疾患を診断し必要な患者へ処方される点の3つが、ヘルスケアアプリとは異なっている。
 禁煙外来で使用するニコチン依存症治療アプリを紹介する。一般名称は「禁煙治療補助システム」、販売名は「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」で、昨年8月に承認され、12月より保険が適用され販売開始。患者が使用するスマートフォンアプリ、患者が在宅で使用するCOチェッカー、病院で使用する医師webアプリのセットがひとつの医療機器として承認された。患者アプリは患者が日々どのような禁煙生活を送っているかを記録し、それに基づいたガイダンスが自動配信される。COチェッカーは1日1回呼気CO濃度を測定・記録するもの。医師webアプリは各種データを一元的に管理することで診察の効率化などに役立てられる。臨床試験においては、主要評価項目において統計学的に有意差を示し、また、治療開始後52週後も治療効果の持続が確認されたことで長期的な有効性が示された。アプリに関連する有害事象も認められなかった。アプリは薬物療法のように副作用を気にする必要がなく、使いやすい治療法と言える。
 治療用アプリ市場はグローバルに急成長しており、2025年には2017年比で約5倍、約1兆円のマーケットになると推察される。米国ベンチャーキャピタルのデジタルヘルス分野への投資額も伸びている。日本においても医療用アプリの流れを制度の中で受け止めようと、ここ数年、様々な制度が動いている。2020年9月より医療機器の特性に応じた承認制度「IDATEN(Improvement Design within Approval for Timely Evaluation and Notice)」が導入されたことや、米国に遅れをとっている「SaMD(Software as a Medical Device/医療機器プログラム)」についても「DASH for SaMD」が策定され、体制が整ってきている。
 現在はコロナ時代で、外来通院頻度の減少や受診控えが起きている。疾病の早期発見や治療の管理不足が懸念されるなか、治療用アプリはそんな空白時間をしっかりと埋めていくことでさらに価値を高められるものと考えている。また、診療の質の低下が懸念されるオンライン診療でも、治療用アプリを併用することで、地域間格差の減少や質の維持・向上に寄与できるだろう。当社は、ソフトウェアの開発力を武器に、医療や治療のあり方そのものの再創造を目指している。

講演4

当社の認知症エコシステム(hhceco)への取り組み

エーザイ株式会社 執行役 チーフデジタルオフィサー
(兼)コンシューマーエクスペリエンストランスフォーメーション本部長
(兼)エーザイ・ジャパン デピュティプレジデント
内藤 景介

 現在、ヘルスケア産業には大きな変化が訪れており、今後は一つの技術を追求していく垂直統合から、企業体が集まって水平分業を行う方向性になっていくことが予測される。このような変化に対して製薬企業は、新しい治療手段や創薬テクノロジーの研究開発に取り組むことに加えて、AIを始めとする新しいデジタル技術プラットフォームにも果敢に取り込んでいく必要が昨今求められている。
 かねてより当社はアルツハイマー病に対する治療薬の創出に積極的に取り組んでいる。日本のみならず世界レベルでも患者数が増加の一途を辿る認知症はネクストパンデミックあるいはサイレントパンデミックと呼ばれている。現在、COVID-19が世界規模でパンデミックとなり猛威を振るっているが、当事者様だけではなくそのご家族にも負担を与える認知症もまた全人類的に取り組んでいくべき課題であると当社は認識している。
 このような状況下において、当社は認知症の当事者様とそのご家族に対して医薬品などの医療領域におけるソリューション創出だけでなく、従来の製薬企業があまり取り組んでこなかった日常生活領域におけるソリューションをも提供する新しいヘルスケア企業を目指して活動している。日常生活領域においては認知症発症リスクを有する人々に対して、早期にそのリスクを気づく機会とそのリスクに対する最適なソリューションの提供ができるような仕組み作りを検討している。日常生活の中には脳の健康度を示す、例えばBMIのような指標がないことが、この構想脳の実現のハードルとなり得るが、当社はブレインパフォーマンス(脳の健康度)という概念を導入することで、人々が日頃から脳の健康に向き合える日常生活領域を創造しているところである。
 このブレインパフォーマンスを手軽にチェックできるツールが当社の「のうKNOW」である。「のうKNOW」はPCやタブレットなどのデジタルデバイスで活用でき、医師などの検査実施者が不在であっても、チェック結果についてバリデーションが担保できるセルフチェック方式のツールである点が特徴である。トランプ柄を選り分けていくことでブレインパフォーマンスがチェックでき、すでに様々な国での活用や国際的産官学連携による研究における使用の実績もある。こうした日常生活領域で脳の健康度の低下を客観的に「知る機会」の創出が、認知症を取り巻く全ての人々や企業が活動するエコシステムにつながるものと考えている。当社は、全ての人々の日々の生活に寄り添ったアプローチとして、脳の健康に良い行動習慣を継続するためのブレインパフォーマンスアプリ「Easiit」をDeNAと共同開発した。「Easiit」ではブレインパフォーマンスに有効な睡眠や食事などの習慣行動が数値化され、ユーザーに合わせたメニューを週替わりで提案するアプリであり、認知機能低下の自覚症状がない世代から脳の健康が意識できるようになる。このように日常生活領域で認知症発症前にリスクとして認識していただき、なるべく早い段階で医療領域に繋いでいくことを、「Easiit」などのアプリケーションや今後のサービス展開によって行っていきたいと考える。
 また、当社単独でソリューションを人々にお届けするだけでは理想的な認知症エコシステムは実現し得ないと認識しており、現在、保険産業や通信産業などの他業界の企業にブレインパフォーマンスチェックを付帯サービスとして提供する取り組みにも挑戦をしている。
 認知症の当事者である患者様とそのご家族をはじめとする全ての人々の喜怒哀楽に寄り添う真の認知症エコシステムの実現のためには、今後さらに多くの企業や自治体との積極的な協業が必要であると考えている。このように当社はデジタルソリューションなどの製薬企業として新しいケイパビリティの獲得にチャレンジしているが、すべて内製化するのではなく、先行している企業と当社の積み重ねてきた研究開発力や発信力などを組み合わせたオープンパートナーシップを上手く活用し、認知症エコシステムの実現に取り組んでいきたいと考える。

パネルディスカッション

 パネルディスカッションは、4名のパネリストの講演を受けて、宮田座長から各パネリストへの質問や意見を求める形で行われました。電子カルテの例に見る「アライメント構造」作りのポイントや、電子化するうえでの国と民間との連携のあり方、さらにはDTx(デジタルセラピューティクス)を成功に導く秘訣や、リーダーシップの発揮方法、日本が新しいエコシステムで世界をリードするにあたっての条件に至るまで、様々な意見交換がなされるなかで課題や解決策が深掘りされました。