公益財団法人 医療科学研究所

公益財団法人 医療科学研究所

PROJECTS医研の事業

医研シンポジウム2020

新型コロナウイルス-これまでを振り返り、秋冬に備える-

新型コロナウイルス感染症が、昨年末に中国湖北省武漢市を中心に発生し、ごく短期間で全世界に広がっていきました。国内では1月に最初の感染者が見つかり、3月下旬頃から感染者数が増加し、4月には新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき「緊急事態宣言」が発出されました。5月中旬頃から新規感染者数が大きく減り、5月下旬に「緊急事態宣言」を解除することができましたが、残念なことに7月以降再び感染拡大の傾向を示していました。現在は落ち着いてきていますが、秋冬に向けて警戒を怠ることはできません。

今年は、医療科学研究所創立30周年になります。30周年記念シンポジウムとして、標記のテーマで行うこととしました。加藤勝信厚生労働大臣(現内閣官房長官)にご来賓のご挨拶をお願いし、政府の責任者として総括的なご講演をいただきました。シンポジウムの座長は新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂先生にお願いし、政府、地方自治体、医療現場、製薬企業、感染症の専門家をパネリストとしてお迎えし、現場の最前線の状況を踏まえつつご講演・パネルディスカッションをしていただきました。

なお、今回のシンポジウムは参加人数を制限させていただき、人と人の距離を十分とり、マスク着用、検温、手指消毒、換気、名刺交換の自粛などの対策をとったうえで開催しました。また、会場に来られなかった方のために、当日の模様を収めた動画を、医療科学研究所のホームページに10月6日より10月30日まで掲載しています。

事務局編集による座長基調講演および各講演の抄録は次の通りです。

※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.30,No.4 2021年3月発行)に掲載しています。

開催概要

日時
2020年9月11日(金) 13:30~17:00
会場
全社協・灘尾ホール
東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビルLB階
主催
公益財団法人 医療科学研究所
後援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人医療科学研究所理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働大臣(現 内閣官房長官) 加藤 勝信
座長基調講演 独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長
新型コロナウイルス感染症対策分科会会長
尾身  茂
講演 厚生労働省顧問(前厚生労働省医務技監) 鈴木 康裕
公益社団法人日本医師会常任理事 釜萢  敏
埼玉県知事 大野 元裕
日本製薬工業協会会長 中山 讓治
国立感染症研究所所長(リモートにてご参加) 脇田 隆字
パネルディスカッション
閉会挨拶 公益財団法人医療科学研究所専務理事 戸田 健二

(敬称略)

来賓挨拶

厚生労働大臣(現内閣官房長官)
加藤 勝信

医療科学研究所の創立30周年を記念して、医研シンポジウムが開催されることを心からお慶び申し上げる。医療科学研究所は平成2年の設立以来、医療科学の確立・推進のために、研究助成や定期刊行物『医療と社会』の発行を行い、そして年2回開催のシンポジウムでは各テーマの第一人者を招いて議論を深め、様々な課題解決に向けての大きな示唆を与え続けてきた。「新型コロナウイルス─これまでを振り返り、秋冬に備える─」と題した今回のシンポジウムには、尾身茂先生はじめ錚々たるパネリストの先生方にお集まりいただいている。新型コロナウイルスへの対応がより強固になるものと期待している。

厚生労働省として最初に取り組んだのは、水際対策としての検疫対応だった。いかにしてこのウイルスの国内流入を阻止するか。法務省では入管法に基づいて入国拒否の措置をとった。2月1日の中国湖北省を皮切りに、159の国・地域が対象となっている。検疫ではこれまでに例を見ない17万人もの検査を行い、その結果、800名の陽性者が確認されている。検査に関わる担当者は各地域から、成田、羽田、関空などに集められた。途中からは唾液PCR検査キット、抗原定量検査という新しい手法を採り入れた。また、無症状病原体保持者の療養施設を確保するなど様々な対応を行ってきた。この間、ご協力をいただいた多くの方々に心から感謝したい。

PCR検査については、当初は国立感染症研究所で試薬の開発から始まり、それを地方衛生研究所から民間検査会社まで幅広く開放し、検査体制の整備を図ってきた。その間、保健所は大きな負担を受けることになったため、全庁的な体制強化、業務の外部委託・IT化などの支援を行っている。その結果、現在ではかなりの検査が可能となっている。

これからの「新型コロナウイルス感染症に対する今後の取組」について。大事なことは、過度に感染症を恐れないこと。そして社会経済活動を過度に停止させることなく、メリハリの効いた対策を効果的に講じていくこと。その上で重症者・死亡者をできるかぎり抑制する。特に秋冬は季節性インフルエンザの流行が想定されるため、医療資源は重症者の治療に重点化していくことを基本理念としている。

今後の取り組みとして5つの政策目標を掲げた。①重症化するリスクが高い高齢者や基礎疾患を有する方への感染防止を徹底する。重症化するリスクの高い方に対する検査を積極的に行う。感染者が多数発生する地域などでは、医療機関や高齢者施設に勤務する方、入院・入所者を対象に、症状がなくても定期的に検査を実施。さらに市区町村において、個人の希望に基づいて一定の高齢者や基礎疾患を有する方に検査を行う場にも国が支援するしくみを構築していく。②秋冬のインフルエンザの流行に伴い検査需要が増大するが、そんな中でも新型コロナウイルスの検査も行える体制を構築する。現在、抗原検査の簡易キットの増産をメーカーにお願いしている。帰国者・接触者相談センター~帰国者・接触者外来の流れを見直し、新たにかかりつけ医等、地域で身近な医療機関に直接相談・受診できる体制に切り替えていく。ワクチンについては、当初は65歳以上中心に優先度をつけながら接種していただく。③感染拡大防止と社会経済活動を両立させる。国際的な人の往来が拡大しなければ、経済活動も拡大できないため、9月には入国時に1万人超の検査能力を確保する。また、地域の感染拡大を未然に防ぐため、感染が確認された店舗等に限らず、地域の関係者を幅広くPCR検査できる体制づくりも推進している。治療薬の供給確保・研究開発支援、ワクチンの確保もめざす。④医療機関や保健所に対する支援。医療機関の経営が厳しいという状況をしっかりと踏まえ、医療機関が持続的に新型コロナウイルスのみならず幅広く医療サービスを提供できるための支援を行っていく。⑤感染症危機管理時において迅速な情報集約、対策実施を可能とする危機管理体制を構築する。デジタル技術も活用しながらリアルタイムで感染状況や入院状況を把握することが求められている。情報を共有する中でそれぞれの役割が果たせるよう、司令塔機能の強化を図っていく。

これら政策を、中期、短期で区別しながら、国民の命を守り、社会経済活動との両立を図っていきたい。この100年でもっとも困難な時代とも言われるが、多くの皆さまの知見を集中させることで乗り切っていきたい。少子高齢化が進むなか、新型コロナウイルスの影響により人々の行動パターンも変わってきている。これが一時的なものなのか、大きな構造変化なのか見極めつつも、医療や社会保障をどう考えていくのか、我々は大きな岐路に立っている。今日はコロナのみならず、幅広い観点から議論いただき、大きな示唆をいただけることをお願いして冒頭の挨拶とさせていただく。

プログラムに戻る

座長基調講演

新型コロナウイルス感染症のこれまでの総括・これからやるべきこと

独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長
名誉世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長
新型コロナウイルス感染症対策分科会 会長
尾身 茂

これまでに学んできたこと、わかってきたことを簡単に述べる。①普通に街を歩いたり、マスクなどの感染対策をした上でのショッピングなどでは、感染のリスクは極めて低いと考えられること。クラスターは様々な場所で起きているが、「三密」や大声、飲酒などの共通したリスクがある。②多くの人は感染しても症状が軽く、高齢者や基礎疾患のある人は重症化しやすいこと。③緊急事態宣言解除後の第2波と呼ばれる感染拡大は主に東京の接待を伴う飲食店を発端に全国に広がった。様々なクラスターが発生したが、早期に対応した場合は早期に収束できたということ。④治療薬の選択は当初は手探りの状態だったが、標準的な治療薬の選択が確立されつつあること。⑤爆発的感染拡大が起こらなくても、病院や保健所は早くからひっ迫・疲弊してしまうこと。

これからやるべきことには、①戦略的な検査の拡充、②重症化予防、③感染拡大防止の3点が挙げられる。今回の感染拡大は、東京を中心とするいわゆる「夜の街」から全国に広がったのはほぼ間違いない。これから感染が下火になっても同じようなことが起こる可能性があるため、歓楽街関連の従業員や客などが相談や検査を気楽に受けることができるセンターの整備を検討してほしいと国に提案しているところだ。

これまでの半年の経験を踏まえ、本感染症はすべての国民を含む関係者の知恵を結集して取り組めば、社会・経済を動かしながらコントロールすることは可能であると私は考えている。

プログラムに戻る

講演1

新型コロナウイルスがもたらす医療へのインパクト

厚生労働省顧問
前厚生労働省医務技監
鈴木 康裕

感染症を歴史的に見ると、1920年前後にスペイン風邪と呼ばれるインフルエンザが流行し、世界20億の人口のうち5億人が感染し、4,000万人(8%)が死亡。日本では人口の約40%の感染者が出た。このときは3年間で弱毒化した。ウイルスは人間や動物の中でしか生きられないので、新型コロナウイルスも数年で必ず弱毒化するはずだ。2000年以降、私たちはSARS、MERS、2009年の新型インフルエンザと、20年で4回のパンデミックを経験している。つまり、今後も我々は5年に1回、このようなパンデミックに直面する可能性がある。

インフルエンザをシーズンで比較すると、今年の感染者は前シーズンの約6割、COVID-19と重なった時期では約1/3、死亡者も約1/3となっている。COVID-19により約1,300人の死亡者が出たこと、そしてインフルエンザの死亡者が前シーズンより約2,000人減少していることを掛け合わせて見ていく必要がある。

世界の動きを見ると、現在感染者が多いのは、ブラジル、メキシコ、北米で、中国、韓国、日本など東アジアの国々は人口当たりの感染者数・死亡者数が少ない。データによると、活動制限を強くしたからといって必ずしも死亡者が少なくなるというわけでもなさそうだ。

「奇妙な成功」「Factor X」などと呼ばれているが、なぜ日本は感染者・死亡者が少ないのか。可能性として、以下のような指摘がある。①マスクの着用、挨拶様式、家の中では靴を脱ぐ、②BCG接種歴、③人種差(HLA型)、④交差免疫性、⑤高齢者施設における早期の対応(面会禁止など)。しかし、②③などは説明できない部分もある。それ以外に類推できるのは、4月に比べ現在は医療従事者、患者・利用者とも感染者の割合が減っており、院内感染が抑えられている点が挙げられる。

4月のピークと7月移行の感染像は何が異なるのか。まず、発症→入院→重症化→死亡までに「時差」があるのではないかという点。若者の割合は、4月は35%、7月は67%で明らかに異なっている。また、PCR検査の拡充による早期発見も要因のひとつ。東京での発症から診断までの期間は、4月は8.5日、7月は5.1日と短縮されており、重症化を防ぐことにつながっている。さらに、レムデシビルなどによる治療効果、ウイルスの弱毒化の可能性も考えられる。

検査についてだが,PCR検査は確定診断に有効だが時間がかかる(4~6時間)。ウイルスのたんぱく質に反応する抗体を用いる抗原検査は簡便な検査キット(約30分)もあり、早期診断、スクリーニングに有効。抗体検査は過去にかかったことがあるかを調べるものだが、陰性だからといって感染していないというわけではない点に注意が必要。PCR検査は主に国立感染症研究所や地方衛生研究所で行われていたが、今や民間検査会社が圧倒的な割合を占めている。

保健所は、相談受付、検査調整、入院調整、搬送、陽性者の健康チェックなど様々な役割を担っているが、これら業務は委託が可能なので、本来行うべき積極的疫学調査に特化してはどうか。

ワクチンについては、麻疹ワクチンのように一度でよいものや、インフルエンザワクチンのように毎年打つものなど様々なタイプがある。新型コロナウイルスについては後者となる可能性もある。今回のワクチンは遺伝子を使ってつくるという新たな方法がとられており、しかも通常は3~5年かかるところを1年でつくろうとしているため、安全性などを丁寧に検証する必要がある。

これからの感染症対策について。パンデミックが5年に1度発生するとしたら、それに応じた人や物を集めて緊急対応しなくてはならない(サージ・キャパシティ)。HER-SYSやG-MISのようなシステムを平時から導入しておく必要もある。基礎から臨床をつなぐデータベースへの登録を義務化することも大事だろう。こうした国家的危機の場合はプライバシーの一部が同意の上で制限されることも必要かもしれない。ECMOや呼吸器など、限られた資源の配分を巡るトリアージについては平時から議論すべき。今回、マスクやガウンなどのPPE(個人用防護具)の輸入元が特定の国に限定されていたので苦労した部分もあった。今後は必須物資のサプライチェーンの多様化と備蓄も必要であろう。

プログラムに戻る

講演2

新型コロナウイルス
─これまでを振り返り、秋冬に備える─
日本医師会の対応

公益社団法人日本医師会 常任理事
釜萢 敏

医療を提供する立場から新型コロナウイルスへの対応、そして医療現場の現状についてお話しする。

1月24日、WHOは「PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)には該当しない」と表明したが、国内では28日に指定感染症に位置づけられた。これを受け同日、日本医師会内に新型コロナウイルス感染症対策本部を設置。Web会議を毎週開催し、情報共有、対応方針の検討・決定、政府要望事項の検討などを行っている。医療機関からの不安や情報をしっかりと受け止め、共通認識とすることに注力してきた。

最初の大きな取り組みは、ダイヤモンド・プリンセス号への対応となった。乗員3,713名をすぐに上陸させることは難しく、連日の報道により国民の不安が募ったが、2月5日に船内で個室隔離を行い、後日検証の結果、隔離後の感染拡大は抑えられてたことがわかった。日本医師会では、通常は災害時に派遣するJMAT(日本医師会災害医療チーム)を特例的に出動させ、対策にあたった。横浜市および神奈川県の医療機関だけではとても患者を収容しきれないため、関東近県はもとより遠隔地にまで搬送することになった。広域搬送には困難な側面もあったが、多くの医療機関が受け入れてくれたことは特筆しておきたい。

当初、症状のある方は、帰国者・接触者相談センター(保健所)を通して、帰国者・接触者外来で診察を受けるしくみが基本となった。これは2009年の新型インフルエンザ流行の際、発熱外来で感染が拡大した苦い経験からできた枠組みだったが、それだけでは需要に応じきれない事態となった。そこで日本医師会では、まず相談窓口をお手伝いし、そして発熱外来あるいは地域外来検査センターを設置し、帰国者・接触者外来を介さずとも対応できるよう尽力してきた。

ひとつの大きな転換点は、4月7日の緊急事態宣言発出だったが、医療現場はすでにひっ迫し、医療提供体制が危ういという声が都市圏を中心に寄せられていた。そこで日本医師会は、医療現場の状況を国民および政府に向けて発信し、政府方針に反映していただくべく、4月1日に「医療危機的状況宣言」を発出した。

医療現場の状況について。医業の利益率は、新型コロナウイルス感染症入院患者がある医療機関で21.5%、入院は受けてないが対応病床のある医療機関で16.3%、地域医療支援病院が13.8%と、いずれも減少。許可病床1床当たり1か月当たりの医業利益も同様に減少している(2020年3~5月)。特に注意したいのは、特定健診やがん健診など各種健診の実施者数が、一般病院の約7割、診療所の約6割で減少している点。予防接種の実施状況もかなり減っている。本来重要な予防・早期発見がおろそかになると、コロナ以外の疾病の拡大が懸念される。医療機関がしっかりとした感染対策をとっていることを示す「みんなで安心マーク」を厚生労働省の協力で発行し、掲示を進めている。必要な受診を控えることのないようお願いしたい。

今秋・冬に向けて、医療提供側からもっとも国民にお願いしたいのは、「新しい生活様式」の徹底だ。距離をとる、マスクの適切な着用、手指の消毒、換気、リスクの高い場所を極力避ける、三密を避ける、大声を出さない、これら基本をなくしてコロナの対策はあり得ない。インフルエンザの流行に対しては、ワクチンの接種が重要。65歳以上の定期接種の対象者、高齢者、医療従事者、基礎疾患のある方など、優先的に接種すべき方々をしっかりとアナウンスし、確実に接種していただく必要がある。

発熱患者等に対する相談、診療、検査体制の整備も急務。地域によって整備状況に差があるため、それぞれの地域に合わせた整備が必要。より多くの医療機関がそれぞれに多様な工夫を行い、感染防護を行ったうえで、なるべく多くの医療機関で検査までの一連の流れができるよう整えていくことがきわめて重要。そこに参加する医療機関を増やすためには、検体採取の方法にさらなる工夫を施し、院内感染を未然に防ぐ新たな方式を採用することが鍵となる。

入院設備についてはだいぶ整備が進んだ。重症者を優先し、隔離を目的とする入院はなるべく避ける。そのためには軽症、無症状者の療養先の確保が重要。感染者の数にかかわらず、どの都道府県においてもしっかりと確保していただき、入院のための医療資源は必要な人に限定して行うこと。これら方式を定着させていくことで、秋・冬に向けた対策が確立できるものと考えている。

プログラムに戻る

講演3

新型コロナウイルス感染症の発生動向と
今後を見据えた体制の整備について

埼玉県知事
大野 元裕

現場の陣頭指揮を執るにあたって、当初から恐れていたのは、イタリアやドイツのように1日か2日で倍加する状況が突然訪れるのではないかということだった。東京都と埼玉県の陽性者数を比較すると、55日目まではほとんど同じ数値だったが、東京は200近くまで跳ね上がり、埼玉は68にとどまった。東京は埼玉より8日早く陽性者が出たが、ほぼ同じ時期に行動要請を行ったため、結果として東京より早い段階での介入となったためと考えている。

5月中旬に陽性者数はぐんと減るが、その間、埼玉県としてはとにかくPCR検査数を増やそうと努めた。その数は一時、全都道府県でもっとも多く、現在でも4番目。特に民間による検査数が多く、結果が出るまでは長くて2日、1日に最大1,900件まで検査ができるようになった。また、4月28日以降の陽性率は一貫して5%を下回っており、1日1,000件以上検査を行っている都道府県としてはきわめて低い1.9%という日もあった。こうしたことから本県では必要な方が検査を受けられる状況にあると言えるだろう。

新規陽性者は、8月8日にはこれまでで最大となる84名が確認されたが、現在は20名以下とやや落ち着いている状況にある。患者数が最大であった時の自宅待機者は331名だったが、現在は本人の希望による場合のみ自宅療養で、ほとんどの方が入院、宿泊療養できている。陽性者累計は4,172名で、死亡者は95名にとどまっている(9月9日現在)。

病床使用率について、9月9日現在の入院数は211名、もっとも多かった8月10日の362名から減少しているものの依然として多くの方が入院している。一方、病床使用率は21.7%で、4月のピーク時が74%だったのに対して余裕がある状況にある。とりわけ重症患者の受入病床については7.8%と低いレベルで、これはピーク時の1/4程度である。

今後の感染再拡大に向けては、抗原検出用キットの導入とPCR等検査体制の強化を図っている。抗原検査を行う医療機関は152か所、また、帰国者・接触者外来(保健所)と同等の機能を有する医療機関は459か所にまで整備が進んできた(9月9日現在)。埼玉県は厚生労働省よりも早く、1月24日に24時間連絡体制を構築したが、このように、人口当たりの医師数・病床数が全国でもっとも少ない県として早め早めに手を打つことを常に心がけてきた。

現在は、感染リスクの高い集団でのPCR検査対象を拡大し、施設ごとに対象範囲を定めている。これまでは無症状者の検査は原則として濃厚接触者に限定していたが、今は例えば保育所なら「施設全体に属する職員・園児」のすべてに行うこととしている。この際、保健所等に過度の負担がかからないよう、疑い患者については43医療機関で227床(9月1日現在)の専用ベッドを確保し、救急車の救急医療情報システムに空床情報などを表示している。5月25日にこれを導入してからは、いわゆる「たらい回し」が1/5に減少した。また、新たな感染者向け病床の確保も進めている。

他に、COVMATという感染症対策の専門家からなるチームを立ち上げ、これまで保健所が行っていたクラスター対策などの活動を行っている。COVMATは感染者発生当初から現場に派遣され、その調査内容はアドバイザリーボードにおいて医療機関などと共有。保健所の業務負担の軽減につながっている。

福祉施設職員に向けては、動画を活用した感染症対策の研修を行っている。

スマートフォン用の接触確認アプリについては、厚生労働省のアプリと埼玉県の「LINEコロナお知らせシステム」の2種を活用。大規模施設への入場などにはこれを義務づけている。また、全国に先駆けて、彩の国「新しい生活様式」安心宣言により、「感染防止対策をしていないお店には行かないで」と呼びかけるキャンペーンを開始した。

フェイストゥフェイスの社会経済活動ができないという課題に対しては、産官学労金が集まって会議を重ね、労働力の流動性、販路の拡大、サプライチェーンの維持・確保などの具体的な取り組みを提言した。埼玉県では、「外に出て人に会わない」感染症対策から、「外に出て人に会って経済活動を行っても広がらない」感染症対策へと舵を切っているところだ。

プログラムに戻る

講演4

感染症治療薬・ワクチンの創製に向けて

日本製薬工業協会 会長
中山 讓治

製薬企業団体の立場から、感染症のワクチン・治療薬の創製に必要となる取り組みついてお話しする。

通常、医薬品の研究開発は基礎研究から販売まで9年~17年の期間を要するが、多くの製薬企業がCOVID-19のワクチン・治療薬を早期に提供できるよう全力で取り組んでいる。

インフルエンザワクチンは、鶏の有精卵にウイルスを摂取させ、増殖させることで製造するが、今回のCOVID-19については、弱毒化したウイルスが鶏卵の中では十分に増殖しないため、mRNAやDNA等の新しいモダリティ(創薬技術の方法・手段)を活用したワクチンの開発と生産に取り組んでいる。また、開発の成否が不透明な開発初期段階から生産設備の構築を進めている。これは、ワクチンが有効性や安全性を示せなかったとき、生産設備の投資が無駄になってしまうということだが、厚労省の施策「加速並行プラン」を活用し、官民がリスクを分散して負うことで早期にワクチンを供給できるように取り組んでいる。治療薬では既存医薬品の適応拡大による開発を進めている。既存薬は基本的な副作用のプロファイルが確認できているため、効果があれば開発期間の大幅な短縮につながる。

ワクチン・治療薬の早期提供に向けて取り組んでいるが、まだ効果が検証されたワクチンや新規治療薬はない。COVID-19のみならず、今後起こるであろう次の感染症に備えるためにも、平時から備えておくことで、いざという時に迅速な対応ができるものと考えている。現在、COVID-19以外にも様々な感染症が私たちの生活を脅かしている。三大感染症とされるHIV、結核、マラリアや、顧みられない熱帯病、そしてAMR(薬剤耐性菌)などがある。COVID-19が落ち着いたとしても、人のモビリティが高まればまた別の感染症が日本に入ってくるリスクがあるため、平時から国家レベルで感染症対策を充実させなければならない。

製薬企業団体として、今後の感染症対策がいかにあるべきかを検討してきた。平時から有事までの感染症対策を統括し、総理大臣に直接提言できるような司令塔機能を設置する必要があると考えている。この司令塔が予算の権限を持ち、遺伝子組換え技術を用いた核酸(DNA,mRNA等)等の革新的なモダリティの実用化、研究者や技術者の育成、生産設備の体制づくりなどを平時から行うのが望ましい。WHOや各国の研究機関と国際的な連携を行い、情報収集や新技術を国内に導入することも、この司令塔の重要な役割だ。

感染症の中でも、既存薬に抵抗を示すAMRは特に重要な課題だ。問題となる耐性菌は既にリスト化されており予測が可能である。しかし、新薬開発は進んでおらず、AMRの脅威は高まっている。最悪のシナリオでは2050年の死亡者は1,000万人とも言われている。また、AMRが蔓延すると、必要な手術ができないなどの事態に陥る。AMR治療薬の開発が進まない理由は、開発が成功し販売されても、新たな耐性菌を産み出さないための使用制限により、売り上げが見込めず、投資に見合う資金の回収ができないからだ。実際に、新規抗菌薬の承認を受けた企業が倒産するなど、市場環境は厳しい。

この問題を解決する手がかりとなるよう、AMR Action Fundが設立された。世界の製薬企業20数社から1,000億円規模の出資を募ってベンチャー企業への投資を行い、WHO、欧州投資銀行など業界外の支援も受けながら、今後10年間で2~4品目の新規抗菌薬の上市を目指している。

ただし、本Fundによる活動だけでは、新規抗菌薬が持続的に開発されることにはならない。行政による感染症分野への投資を促す政策が不可欠だ。政策によって魅力的な事業環境が形成されれば、抗菌薬の研究開発も促進され、ベンチャーの活動も活発化し、新規抗菌薬が継続的に産み出されるサイクルが持続的なものになる。具体的には、企業が承認を取得した際に、政府または公的機関から適切な報奨を受け取ることができる製造販売承認取得報奨制度などのプル型インセンティブの導入が必要となる。

COVID-19やAMRといった感染症は、持続的な社会への脅威となる。未来の命を守るためには、感染症対策に関する司令塔機能の設置や、プル型インセンティブなどの民間活動が活性化するような政策によって、新たなワクチン・治療薬が継続的に生み出される体制を平時から構築しておく必要がある。

プログラムに戻る

講演5

新型コロナウイルス感染症の現状と今後の課題

国立感染症研究所 所長
脇田 隆字
(※リモートにてご参加)

ヒトコロナウイルスには、風邪のウイルスとSARSやMERSのように肺炎を起こすウイルスがある。新型コロナウイルスが今後、風邪になるのか、あるいは肺炎ウイルスになるのかは経過を見るしかない。コロナウイルスは動物界に広く分布し、様々な動物が持っている特徴があり、人間界に入ってくる可能性がある。今回はコウモリのウイルスが入ってきた。人獣共通感染症として、これまでにもHECV-4408(1996年)、SARS-CoV(2002年)、MERS-CoV(2012年)、そして今回のSARS-CoV-2が侵入してきた。今後も様々なコロナウイルスが動物を介して人間界に侵入してきてもおかしくないと言える。

日本におけるCOVID-19流行の経過について。2019年末に中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎が流行。1月29日、武漢よりチャーター便で邦人計829人が帰国。2月5日より、ダイヤモンド・プリンセス号の検疫を開始。3月中旬より感染者数が急増。4月7日、緊急事態宣言発出。5月25日、同解除。6月中旬より感染者が再び増加し、7月下旬も感染拡大がピークを迎えた。8月30日現在の累計患者数は67,484例、累計死亡者数は1,272例となっている。

5便に及んだ武漢からのチャーター便からは様々なことが判明した。3便までの帰国者は566名。このうち入国時のスクリーニングで、症状があったのは63名、症状がなかったのは503名だった。無症状でもPCR検査の結果陽性となった方、14日の隔離の間に陰性から陽性に転じた方があった。全体では826名中14名が陽性で、その割合は1.7%だった。陽性率の高さに驚かされたが、それは当時の湖北省日本人コミュニティにおける流行の状況を反映したものだった。

ダイヤモンド・プリンセス号は、搭乗者3,711名、うちPCR陽性者は712名で約20%、死亡者は13名だった。2月5日の客室内隔離を境に完成は制御されたが、乗客に比べサービスを提供するクルーについては感染制御が遅れたことがデータからわかった。また、ウイルス株の親子関係を示すウイルスゲノムハプロタイプネットワーク解析により、クルーズ船下船者から国内への感染拡大はなかったことがわかった。

COVID-19の病態は幅広いが、重症化する症例がある。発症しても8割の方は軽快するが、2割の方は肺炎を起こす。重症例では肺炎からARDS(急性呼吸窮迫症候群)を併発し、免疫反応であるサイトカインストームや、血管内皮に凝固系の障害などを起こすことがある。そこで、サイトカイン、凝固、炎症を抑える薬が重症患者に使用できることがわかってきた。

最初は武漢由来、その後、欧州由来のウイルスが広がり、緊急事態宣言解除後は、残っていた欧州由来株により再拡大。6月中旬に東京の新宿で突然顕在化したゲノムクラスターから全国に陽性者を広めたことがハプロタイプネットワークからわかった。7月以降をそれ以前と比較すると、無症状の方と若い方が多くなっている。また、重篤な肺炎を引き起こすケースは非常に少なくなっている。7月移行の死亡者数が新規感染者に対して少ないのも特徴的で、これは北半球の欧州諸国でも同様の傾向となっている。しかし、オーストラリアなどの南半球では死亡者が増加している。南半球は季節が冬だからと考えられたが、様々な解析によると、オーストラリアでは若者から高齢者への感染が広がり重症者・死亡者が増えたというのが現実のようだ。北半球にもそうした事例があり、やはり若者から高年齢層への感染拡大を防ぐのが重要と言える。

ワクチンについて。従来では、弱毒化ワクチン、不活化ワクチン、サブユニットワクチンが主流だが、その開発には非常に時間がかかるため、遺伝子ワクチン(DNAワクチン、RNAワクチン)や組換えタンパクワクチンの開発が取り組まれているが、様々な課題がある。

一方、抗ウイルス薬では、ドラッグリポジショニングとして承認薬のスクリーニングが進められている。ネルフィナビルとセファランチンが既存候補より強い活性を持つことがわかっている。現在、早期治療でウイルス量を大幅に抑制するネルフィナビルの臨床研究が長崎大学を中心に行われている。

まとめ。COVID-19の疫学・臨床・ウイルス学的な特徴はかなり明らかになってきたが、不明な点も多い。感染が拡大しやすい場所を避けることでクラスター発生の防止は可能。経済活動や人の移動の活発化により感染も再拡大する。戦略的に検査拡大が必要。重症化の防止は高年齢層への拡大を防ぐことで一定程度可能となってきたが、冬期にはインフルエンザの流行もあり、最大限の注意が必要。現在、様々なワクチンが開発中。また、広く有効な抗ウイルス薬の開発が必要である。

プログラムに戻る

パネルディスカッション

パネルディスカッションのようす

全国民の関心事と言ってもよいであろう今回のテーマだけに、シンポジウム会場には医療関係者の他、マスコミ関係の参加者の姿も目立ちました。

パネルディスカッションの冒頭は、尾身座長から各パネリストに対し、個人のプライバシーと公益の関係、クリニック等における検体採取の課題、無症状者への対応、産学官の連携、研究者の育成、共同治験といった様々なテーマが向けられ、議論が深掘りされました。その後、会場から、医師とりわけ専門医の不足、保健所の負担、政府の司令塔機能、ドラッグリポジショニングの可能性、インフルエンザ患者との区別、病院経営に係る医療費の問題など、多岐にわたる質問・意見が寄せられました。また、医療体制がひっ迫している病院からは不安の声と同時に、より具体的な対策を求める要望が挙げられました。

最後に尾身座長が、「準備が整っていない状況で始まったコロナ対策だが、なんとか凌げているのは、現場の取り組みがあったからこそ。この冬、大事に至らないよう、これまで学んだこと、そして今日の議論をもとに、今からやるべきことはすべてやっていこう」と結論づけ、シンポジウムは幕を閉じました。

TOP