健康の第3の柱「社会的ウェルビーイング」が拓く医療の未来

本シンポジウムでは、「社会的ウェルビーイング」を身体的・精神的健康に続く「健康の第3の柱」と捉え、これからの医療が人々の暮らしや社会とのつながりをどのように支えていくべきかについて議論しました。孤独・孤立や社会的孤立が健康に及ぼす影響を踏まえ、認知症の人を地域で支える取組、がん経験者の就労や社会参加への支援、地域の医療・福祉資源をつなぐ社会的処方、文化芸術を通じた人と社会との新たな関係づくりなど、多様な実践が紹介されました。医療には疾病の治療だけでなく、一人ひとりの生きがいや役割、人とのつながりを含めて生活全体を支える視点が求められることが示されました。さらに、医療・福祉・地域・文化芸術など異なる分野が連携し、社会的ウェルビーイングを地域社会や制度の中に実装していくことの重要性と、今後の医療の可能性について意見が交わされました。
事務局編集による座長基調講演および各講演の抄録は以下よりご覧ください。
※動画公開は、10月中旬にホームページにて公開予定。
※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.36 ,No.4. 2027年1月)に掲載予定。
シンポジウム概要
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- 日時
- 2026年9月12日(月)
13:30~17:00
会場・オンライン併用開催 - 主催
- 公益財団法人医療科学研究所
- 後援
- 厚生労働省
- 動画配信期間
- 2026年10月16日(金)~
2027年1月31日(日)
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プログラム
注)下線のお名前・項目をクリックすると講演要旨をご覧いただけます。
| 開会挨拶 | 公益財団法人医療科学研究所理事長 | 三村 將 |
|---|---|---|
| 来賓挨拶 | 厚生労働省大臣官房審議官(医療保険担当) | 森 真弘 |
| 座長基調講演 | 京都大学大学院医学研究科/医療科学研究所理事 | 近藤尚己 |
| 講演 | 社会福祉法人浴風会 認知症介護研究・研修東京センター センター長 | 粟田主一 |
| NPO法人日本がんサバイバーシップネットワーク代表理事/内科医 | 高橋 都 | |
| 宇都宮市医師会 社会支援部担当理事 | 村井邦彦 | |
| 東京藝術大学社会連携センター長/教授 | 伊藤達矢 | |
| パネルディスカッション | ||
| 質疑応答 | ||
| 閉会挨拶 | 公益財団法人医療科学研究所専務理事 | 松江 裕二 |
(敬称略)
座長基調講演

「社会的ウェルビーイング」を支える医療についての最近の動向と展望
京都大学大学院医学研究科教授
近藤 尚己
このシンポジウムのテーマである社会的ウェルビーイングはWHO(世界保健機関)憲章における健康の定義の三つ目の柱にあたるものだ。この定義が発表されてから70年以上が経過したが、WHOは取り組みが十分ではなく、そのことがコロナ禍で顕在化したと振り返っている。
私が社会的ウェルビーイングに関する研究に携わるきっかけとなったのは、研修医のころに出会った方だ。心臓の手術は成功したが、治療が続かずに亡くなってしまった。その方が社会的に孤立していることを踏まえて対策をしたつもりだったが十分ではなかった。社会疫学者のマイケル・マーモットは「せっかく治療した患者を、なぜ病気にした環境に戻すのか」と書いている。健康は社会経済状況や地域とのつながり、生活環境の影響を強く受けるものであり、広くは気候変動や国の文化、社会の制度や構造も関与する。
人生100年時代の健康を考えると、病気や障害があっても幸福感が持てる、自分らしい生き方ができる、豊かなつながりがあるという視点が重要だ。そのことを考えるうえで鍵となる概念の一つが、ピエール・ブルデューの「3つの資本(経済資本、社会関係資本、文化資本)」である。この3つのうち、社会関係資本は社会疫学がこれまで長く研究してきたものだ。文化資本についてブルデューは健康などの格差を世代間で固定化させる役割を担っていると述べている。とはいえ、単純に3つの資本を分配する政策を取ればよいというものではない。アマルティヤ・センは必要な機能は人によって異なり、その人がもつ潜在的な力を伸ばすことが可能な環境を作ることが大事だと述べている。
社会的ウェルビーイングを考えるとき、私が注目しているのはつながる力だ。孤独は喫煙などと同様に健康を悪化させることが知られるようになり、社会参加が健康につながることも示されてきた。健康日本21(第3次)でもこの考え方が強調されている。
この点で注目されるのが社会的処方という考え方だ。主にイギリスで発展してきたもので、孤立している方を医療機関がリンクワーカーに紹介し、本人に合った地域資源につなげていくという活動である。現在は、日本でもモデル事業が行われており、全モデルに共通していたのは「対応部署の設定」、「社会生活のアセスメントと連絡ツールの活用」、「リンクワーカーの養成」、「社会資源の見える化と活用できる仕組みづくり」であった。効果も実証されつつあり、日本で実装するエッセンスが見えてきている段階である。
「社会的・文化的ウェルビーイング」の考え方を参考にして、社会的処方で目指すべきゴールやその評価方法を検討すること、そのうえで安全に普及させていくための仕掛けや支援的な制度を育てていくことが望まれる。
講演1

認知症の生活支援と社会的ウェルビーイング
社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター センター長
粟田 主一
認知症施策でも社会的ウェルビーイングは重要な概念となっている。特に孤立や孤独と認知症との関連については様々な研究が蓄積されてきた。社会的孤立や孤独は認知症のリスクファクターである一方で、認知症が社会的孤立や孤独を生み出すことも示されている。
認知症は単に脳が病的に変化するだけでなく、精神的課題、身体的課題、さらに社会的生活課題が絡み合って状況が複雑化していく。そして社会的孤立はこの複雑化を進める重要な要因であり、認知症の初期段階から生じうる。それは認知機能が社会とのつながりを持つうえで不可欠なものだからだ。
認知症の本人のウェルビーイングに関する研究も進んできていて、概念の整理も行われている。社会的ウェルビーイングには、人とのつながりや継続的な社会参加、コミュニティへの関与などが含まれる。社会的ウェルビーイングの領域を含む尺度も開発・研究利用されているが、この概念を十分カバーできているかというと課題もある。
近年は、診断後支援という形で認知症と診断された後のご本人と家族を支援することが重視されている。この診断後支援にも対人関係の支援や意味のある活動への参加といった社会的ウェルビーイングを促進する視点が含まれている。診断後支援の概念は認知症のご本人たちの活動から生まれてきたという点でも意義深い。また、パーソンセンタードケアを提唱したTom Kitwoodは、当事者のパーソンフッドを社会的な文脈においてとらえることが大切だと主張している。私は認知症ケアにおいて、主観性と間主観性の双方が関わることを十分に認識することが重要なのだと理解している。
我が国の認知症施策では、認知症施策推進基本計画をもとにアウトカム評価の指標を設定することとなった。注目されるのは重点目標の中に「認知症の人の生活においてその意思等が尊重されていること」、「認知症の人・家族等が他の人々と支え合いながら地域で安心して暮らすことができること」が含まれていること、そしてその指標として「地域生活の様々な場面において、認知症の人の意思が尊重され、本人が望む生活が継続できていると考えている認知症の人の割合」、「自分の思いを伝えることができる家族、友人、仲間がいると感じている認知症の人の割合」、「地域で役割を果たしていると感じている認知症の人の割合」など社会的ウェルビーイングと非常に関連の深い指標が並んでいることである。このような形でアウトカム評価を行うのは我が国の歴史の中でも前例のない取り組みであり、現在、我々の研究班でそういったアウトカム指標の開発を進めているところだ。
講演2

"治療と仕事の両立支援” から考えるがん経験者の社会的ウェルビーイング
NPO法人日本がんサバイバーシップネットワーク代表理事・内科医
髙橋 都
がんサバイバーシップとは、がんと診断されたあとを生きていくプロセス全体のことであり、身体的問題への対応、再発やがんの予防に加えて、がん以外の疾患への対応や健康増進、心理・社会的問題などのテーマが包含される。
日本では年間約100万人が新たにがんと診断される。5年生存率は延びており、がんは慢性病であるとすらいえるような状況になりつつある。症状がコントロールされれば就労可能であることも多いが、実際にはがん診断時に2割から4割が離職していること、医療従事者と就労に関する相談ができている方が少ないことなどがわかってきた。仕事は収入の糧というだけでなく、生きがいやアイデンティティの源となっている場合もある。
私はがんと就労に関する研究プロジェクトの代表となり、ガイドラインの作成にも関わることとなったが、このテーマはがん対策の中でも施策が進んだ分野の一つだと思う。2018年には療養・就労両立支援指導料が診療報酬化された。2026年には事業主が治療と就業の両立支援を行うことが努力義務化された。今後は、経営上のコンプライアンスの課題として両立支援に熱心に取り組む会社が増えていくだろう。
就労場面におけるがんの特性は、まず、労災ではなく私傷病だということだ。本人が申し出ることで対応が始まるが、不利益を恐れて、職場にがん罹患を伝えることを躊躇する人は多い。また、「がんになったら命にかかわる」「もう働けない」というイメージを、医療者・職場関係者・ご本人自身が有している場合がある。加えて、就労力は多要因に影響され、個人差が大きいという特徴もある。
さらに、医療機関と事業場の視点のズレもある。医療者にとっての最終目標は患者の最大利益であり、その患者を解雇しかねないという点で会社とは緊張関係になりかねない。一方で会社はその方と労働契約を結んでいるのであり、当然、企業活動の質の維持を考える必要がある。一時的に就労力が低下した本人への配慮を考える際は、医療者と会社が互いの立場を理解し、本人の了解を得たうえで、情報交換していくことが不可欠である。
研究班では「がん患者は医療現場では患者であるが、同時に職域では労働者であり、地域住民でもある」という考え方を大切にした。医療現場、職域、地域には多くのステークホルダーがおり、各領域の中でのコミュニケーションも、領域を超えた歩み寄りも重要である。連携がうまく行く場合、現場や個人の素朴な問題意識から歩み寄りが始まったケースが多いと感じている。
両立支援研究では「辞めないこと」が重視されてきたが、好ましいアウトカムは果たして就労継続だけなのかと尋ねられることもある。熟慮の末、納得して辞める人もいるが少数派であり、多くの場合は摩擦や後悔が生じる。意識して対応しなければ、がん診断を受けた本人は退職に流れやすいし、本人の就労力は低く見積もられてしまう。働く意欲と能力を持つ人ががんになったというだけで職を失うことは防ぐべきだし、そのための施策が展開されてきたと思う。
病いを得ても働けるということは、その人の社会的ウェルビーイングと関連する。医療者は一般企業の現場を必ずしも熟知していないが、両立支援について医療者にできることは多い。就労有無を尋ねて「早まって辞めないでください」と伝えるだけでもその意義は大きい。関与する人々が自分の内なる偏見を自覚し、これからも互いの立場を理解して歩み寄る必要があると考えている。
講演3

宇都宮市医師会の社会的処方の取り組み
宇都宮市医師会社会支援部担当理事
村井 邦彦
宇都宮市医師会には全国的にも珍しい社会支援部という部門がある。病気の人を減らすことで医療費抑制を実現しようという目的で作られた部門で、SDH(Social Determinants of Health)、ウェルビーイングの啓発やそれへのアプローチを行っている。旧来は「生活習慣のよくないダメな人」、「病気になったのは自己責任」とみなされてしまっただろう人たちに対して、その方が置かれている状況も含めて目を向けようということでもある。
まず、生活に関するアンケートを行い、社会資源検索サイトを作ってそこにつなげるという取り組みを行った。そして、モデル事業として特定健診でSDHに関するアンケートを行い、その後の特定保健指導に活かすという事業も行っている。想定していたより参加者の回答率は高く、保健師からは「関係性を構築し、伴走型支援を意識するのに有効だった」と評価された。
また、診療情報提供書にSDHに関する内容を盛り込むという取り組みも行った。モデル事業は終了したが、現在は国保から社保まで対象を拡大して取り組みが継続されている。これは他の地域でも取り入れられるのではないか。
宇都宮市では生活保護受給者に対する事業も行っている。ケースワーカーを対象に、SDHの視点について研修を開催するというものだ。リンクワーカー養成研修のようなことを行っているともいえる。そのあとに保健指導を実施したところ、継続率が85%へと上がり、体重減少を認めた方も74%に上った。
加えて子どもたちに対する取り組みも行っている。フリースクールマップを作成し、小児科医の方々と連携して不登校ガイドラインも作成した。不登校離職についても以前から活動をしている方と連携して全国に先駆けて発信してきたという自負がある。子供の自己肯定感を高めるという視点で、NPOと連携しながら様々な活動を行っている。
重要なことは看護師、NPO、それらを支援する組織、マスコミなど多様な社会資源をネットワーク化することだ。中には移動販売という形で中山間地域に入り込んでいるような看護師(コミュニティーナース)もいて、今後のオンライン診療の展開を考えると重要な存在になると思う。ゴミ拾いをするという名目で、各種の問題の温床となりかねない繁華街を見回る活動も行っている。
さらに近年は美術館との連携にも取り組んでいる。安全に楽しむことができるという点で美術館は非常に良い場所だ。栃木県立美術館や宇都宮美術館と連携して、フリースクールの子供たちやがんサバイバーの方を対象とした活動を行っている。
講演4

共生と文化的処方
東京藝術大学社会連携センター長/ケア&コミュニケーション領域長/教授
伊藤 達矢
東京藝術大学というと芸術家を育てる場所というイメージがあるかもしれないが、芸術家を育てることで社会に貢献することをミッションの一つとしている。中期目標としてSDGsの実現に貢献することも掲げている。ただ、よく知られているSDGsの図では一つ一つの目標の間がくっきりと分かれている点が気になる。名前がついて区切りができると誰も手を出さないところが出てきてしまうのではないだろうか。一方で、東京藝術大学の学長である日比野が書いたSDGsの絵では、境界があいまいになり、色が混じり合っている。このように垣根を壊し、滲み合い、溶け合いを作っていく上で課題となるのが望まない孤立・孤独だ。
健康の定義は医療関係者の間ではよく知られているが、その外側の人間にも知られているとは言い難い。社会的な健康という考え方を多くの人に知ってもらうことが必要で、そこで大きな役割を果たせるのが文化・芸術である。
我々が立ち上げた「共生社会」をつくるアートコミュニケーション共創拠点では、芸術が核となって、医療や福祉、企業、市民団体などと連携して取り組んでいる。そこで提唱しているのが文化的処方である。文化的処方とは、医療や福祉と文化の領域が連携し、健康を身体だけのものに還元せず、精神的・社会的・文化的な充足を含んだものとして捉え直し、日常のなかでの「楽しさ」や「安らぎ」、「意味の実感」といった経験を通して、心身の回復や社会とのつながりを支える仕組みである。
我々が地域で文化的な活動をしていると、参加した人が元気になっていく様子をみることがある。医療と芸術とは一つのトンネルを別々の側からみているだけなのかもしれない。ただ、トンネルを掘るときに岩盤にぶちあたってしまうこともある。この岩盤を打ち砕く手段の一つになるのが文化的処方なのではないか。
東京藝術大学でもこれまでに地域や企業と連携して様々な取り組みを行ってきた。全国の13か所でモデル事業も行っている。基本的なモデルはあるが、各地でカスタマイズするようにしている。私は美術館や図書館といった施設は薬局のような役割を担うと考えている。そうした文化資源にはリンクワーカーのような存在がいて、その方にあった活動を一緒に考える。地域で何かをしようとしても一人ではうまくいかないことも多いが、伴走する人がいればうまく居場所を見つけることができるかもしれない。実際に医療機関と美術館が連携する取り組みが広がりつつある。
文化的処方とは野草の中から薬草を探すような実践なのではないか。自分のQOLをあげられる薬草を自分で見つけられるようにしていくことが必要だと感じている。
パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、近藤座長が「社会的処方の視点が持つ可能性とは」、「どう広げるか」、「制度化すべきか」と論点を示し、重ねて粟田氏から「文化的処方のリンクワーカーはどういう人が担っているのか、どのような場所で出会えるのか」という問いかけがなされた。
これに対して、伊藤氏が「リンクワーカーには医療や福祉の専門性を生かしたヘルスコネクターと、そうした専門性に拘泥しないコミュニティーコネクターの二種類が考えられる。ヘルスコネクターについてはそうした活動を既に行っている医療専門職が該当するだろう。コミュニティーコネクターのほうは文化施設の機能を活かすことで実現できるかもしれない」と語った。
髙橋氏は「制度化すれば自動的に活用されるわけではないし、実効性を上げるには、誰がどんな立場で何をするべきか関係者のコンセンサスが必要だろう。文化的処方や社会的処方の診療報酬化については、評価も含めた医療化のデメリットも考えられ、慎重でもよいような気がする」と述べた。
粟田氏は「日本の行政ではとかく問題への対応が縦割りになりがちだと言われているが重層的支援体制整備事業など横の連携を取ろうという動きもある。診断後支援や社会参加という考え方がその基軸となる可能性があるのではないか」と語った。
フロアからは作業療法士のような既存の専門職が活躍する可能性、社会的処方の効果に関するエビデンスやそれを拡大させる手段について質問がなされた。前者について、村井氏からは「その可能性は十分にあり、既に宇都宮市でもそういった職種の方々が大いに活躍している」と回答した。後者について、近藤座長は「ランダム化比較試験などのエビデンスが蓄積されつつある」と紹介し、髙橋氏は「罰則だけでなく、取り組む主体がメリットを感じられる形だと長続きするのではないか」と語った。
最後に近藤座長が、「医療専門職はどうしても自分の専門領域の中で考えてしまいがちだが、重要なのは目の前の人の社会生活について、専門職自身が一人の人間として考えていくことだ。そしてそれを個人の責にのみ帰するのではなく、社会的処方や文化的処方という仕組みを作っていくことがその一助となるのではないか」としめくくった。