公益財団法人 医療科学研究所

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PROJECTS医研の事業

産官学シンポジウム2022

日本の創薬力強化に向けた産官学の役割と連携
-コロナ禍に学ぶ連携強化とプラットフォーム構築の重要性-

今回の産官学シンポジウムは、新型コロナウイルス感染症の影響により、会場とオンラインシステムを使用したZoomウェビナーでの同時開催といたしました。会場の灘尾ホールには距離をとりながら約30名、ウェビナーには約120名の方にご参加いただきました。
テーマは、コロナ禍でのワクチン開発から学んだ産官学連携について。産官学の各界から当時の状況を踏まえた課題と解決方法が提示され、パネルディスカッションでも闊達な意見交換がなされました。

事務局編集による座長基調講演および各講演の抄録は次の通りです。
※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.32,No.3. 2022年10月)に掲載予定です。

開催概要

日 時
2022年5月14日(土)13:30~17:00(会場・オンライン同時開催)
主 催
公益財団法人医療科学研究所
後 援
厚生労働省

プログラム

開会挨拶 公益財団法人医療科学研究所 理事長 江利川 毅
来賓挨拶 厚生労働省 医政局長 伊原 和人
座長基調講演 京都大学大学院 医学研究科 教授 近藤 尚己
講演 内閣府 健康・医療戦略推進事務局 参事官 荒木 裕人
経済産業省 商務・サービスグループ 
生物化学産業課長
佐伯 耕三
大阪大学大学院 医学系研究科 特任教授/
大阪警察病院 院長
澤 芳樹
日本医療政策機構 理事・事務局長/CEO 乗竹 亮治
武田薬品工業株式会社 
ワクチン事業部 事業部長/
一般社団法人日本ワクチン産業協会 理事長
今川 昌之
パネルディスカッション
閉会挨拶 公益財団法人医療科学研究所 専務理事 松江 裕二

(敬称略)

座長基調講演

シンポジウムの論点

京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 
社会疫学分野 主任教授
近藤 尚己

本シンポジウムでは、コロナ禍で明らかになった日本の創薬力の諸課題を鑑み、その学びを活かすにはどうしたらいいかを考える。何がピンチで、何がチャンスなのかを洗い出し、いかにチャンスを最大化させるかを考察し、世界の健康の推進に向けた日本の創薬力向上につなげたい。
これまでの少人数懇談会などでの議論から出てきた論点は以下のとおり。
・日本のワクチン開発力・グローバル競争力を大幅に高めていくためには何が必要か。
・そのために必要な産官学の連携プラットフォーム、あるいはエコシステムはどのようなものか。
  産官学および個々のプレイヤーの役割分担はどうあるべきか。
・国家安全保障という観点で議論すべきことは何か。(創薬、原料調達など)
・国内ライフサイエンスクラスターは実現可能か。(例:シリコンバレー)
・市場としての日本の魅力を高めるために必要なことは何か。
・開発後の収益の予見可能性をいかにして高めるか。
・開発のpull型インセンティブのよいアイデアはないか。(買取保障など)
・創薬に資するデータを共有するための課題は何か。
私は社会疫学を専門としているが、その分野を牽引してきた一人にマイケル・マーモット (ロンドン大学教授、元世界医師会会長)がいる。氏は近著『健康格差 不平等な世界への挑戦』の中で、「せっかく治療した患者を、なぜ病気にした環境に戻すのか」と嘆いている。予防だけでなく、治療した後の安寧な生活を保障するシステムも大事ということだ。
ワクチン接種を含め生活習慣を整えれば健康を維持できることはデータで示されている。ただし適切な生活習慣ができるかどうかは社会環境による。人々の健康を守るためのシステムとは何か。新型コロナウイルスの感染予防に関して言えば、「ワクチン接種、外出自粛、手洗い」などが人々に求められている生活習慣であるが、それを可能にするためには「創薬環境、ワクチン普及戦略、予防行動規範」といった環境整備が不可欠である。
WHO(世界保健機関)は、健康は様々なレベルでの社会的要因が関係するという考えのもと、①生活環境の改善、②ガバナンスの強化、③格差の視覚化と活動のアセスメント、という3つの指針を推奨している。これを今回のテーマに当てはめると、①安全保障・危機管理としての持続的な創薬環境の構築、②産官学連携の創薬プラットフォームづくり、③創薬・効果評価のためのデータシステム構築、と言える。これらをいかに産官学で達成するかが、今日のテーマである。

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講演1

ワクチン開発・生産体制強化戦略に基づく研究開発等の推進
-コロナ禍の教訓を踏まえ、産官学連携した国産ワクチン実用化のために-

内閣府 健康・医療戦略推進事務局 参事官
荒木 裕人

世界の大手製薬企業を見ると、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカなどの新型コロナウイルスワクチンは世界で広く使用されている一方、国内大手のワクチンはいまだ実用化されていない。
ワクチンを国内で開発・生産出来る力を持つことは、国民の健康保持への寄与はもとより、外交や安全保障の観点からも極めて重要。わが国においてワクチン開発を滞らせた要因を明らかにし、解決に向けて国を挙げて取り組むべくまとめたのが、2021年6月に閣議決定された「ワクチン開発・生産体制強化戦略」だ。課題が率直にまとめられており、研究機関の人材・産学連携・戦略的な研究費配分などの不足、薬事承認の在り方、特に第V相試験をめぐる治験実施(数万人規模)の困難性、製造設備への投資リスク、シーズ開発やそれを実用化に結び付けるベンチャー企業、リスクマネー供給主体の不足、国内産業全般の脆弱性、企業による研究開発投資の回収見通しの困難性などが挙げられている。
その解決に向けた政策としては、①世界トップレベルの研究開発拠点形成、②戦略性を持った研究費のファンディング機能の強化、③治験環境の整備・拡充、④薬事承認プロセスの迅速化と基準整備、⑤ワクチン製造拠点の整備、⑥創薬ベンチャーの育成、⑦ワクチン開発・製造産業の育成・振興、⑧国際協調の推進、⑨ワクチン開発の前提としてのモニタリング体制の強化、の9項目がまとめられている。関連予算は、①は文部科学省で525億円、②については内閣府で1,504億円、⑥は経済産業省で500億円など、全体として8,000億円強を計上している。
②においては、有事に備え、実用化に向けたワクチン開発の明確な目標を設定。重点感染症に対して、感染症有事にいち早く安全で有効な、国際的に貢献できるワクチンを国内外に届けることを目指す。内閣府、文部科学省、厚生労働省および経済産業省が一丸で、長期的・安定的に研究開発を支援するために、ワクチン開発の司令塔として、SCARDA(先進的研究開発戦略センター)をAMED(日本医療研究開発機構)内に設置した。そこで「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」をスタートさせた。感染症の特徴に応じて個別具体的で明確な目標を設定した「開発戦略」を策定し、透明性を確保するために公開していく。また、各研究開発課題について伴走型支援を行っていく。この事業は、世界トップレベル研究開発拠点の形成、創薬ベンチャーエコシステム強化と一体的に推進することによって、それぞれの相乗効果を上げていきたいと考えている。

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講演2

日本のバイオ医薬品産業の強化に向けて
~ベンチャーエコシステムと製造拠点整備の観点から~

経済産業省 商務・サービスグループ 生物化学産業課長
佐伯 耕三

(『医療と社会』vol.32, no.3に全文を掲載予定)

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講演3

未来のためのいま

大阪大学大学院 医学系研究科 特任教授
大阪警察病院 院長
澤 芳樹

大阪大学大学院医学研究科は、2000年頃からNEDO事業として再生医療の臨床研究を進め、iPS細胞由来心筋細胞シートを開発。テルモによる企業治験を経て「ハートシート」として製品化された。2020年には、世界で初めてiPS心筋細胞シートの移植が行われるまでに至った。京都大学の山中伸弥先生は、免疫拒絶のない患者自身のiPS細胞を使う「my iPSプロジェクト」を展開し、再生医療の普遍化を目指している。山中先生がノーベル賞を受賞した10年前から政府が大きく舵を切り、支援をいただけたことが日本の再生医療の発展に大きく寄与している。
これから世界のヘルスケアはどのように進むのか。米US Councilによると、2030年までにインターネットは限界なしになり、ゲノム医療/予測医学/精密医療、人工知能、ロボティクスが進化し、iPS細胞実用化による本格的再生医療が実現するとされている。特に日本のiPS細胞の研究レベルは、世界より5年は先を走っていると実感している。従って、今のうちに再生医療の勝ち馬に乗りたいというのが私の考えだ。
ヒトでの実証が必要な医療の産業化には、①魔の川(開発に伴う苦しみ)、②死の谷(新事業・新技術を実際のビジネスにする苦労)、③ダーウィンの海(世界の弱肉強食の中で生き残れるか)という3つのハードルがあると言われる。日本では2007年から橋渡し研究推進プログラムが開始され、日本再生医療学会「YOKOHAMA宣言2012」を契機に産官学の連携が進んできた。医薬品医療機器等法では、再生医療製品に条件・期限付き承認が認められ、これが早期の実用化につながっている。このレギュレーションにより、日本は再生医療製品を発信するうえでの先進国になりつつあると考えている。
こうした背景により、心筋細胞シートを実用化する大学発ベンチャー、クオリプス(CUORiPS)が政府のグラントで設立された。当初は想定していなかったCMO/CDMOも現在は5件となっている。大阪大学、京都大学、国立循環器病研究センターの共同研究のもと、第一三共、テルモ、三菱商事、富士フイルムなどに投資いただき、米国での事業展開を図ろうとしている。
橋渡しの研究の成果をもって、これからダーウィンの海を渡ろうとしているところだが、課題はある。シリコンバレーの基本は、教育・人材育成にあるだろう。アントレプレナーシップ(起業家精神)が醸成されているシリコンバレーでは、多くの研究者がベンチャーをつくるのが常識で、そのベンチャーをインキュベーションするしくみができている。そのレベルが高いほどリスクマネーが流入し、オープンにイノベーションにつながるというエコシステムが完璧なまでにできている。
そこで、大阪大学の中に産学連携の基盤となる「産学連携健康医療クロスイノベーションイニシアティブ」をつくった。再生医療、AI医療、認知症、在宅医療などの分科会を設置し、興味のある企業に参加してもらい、企業同士の化学反応の効果もねらっている。現在、共同研究講座は15講座に及んでいる。約30社の参加企業のひとつ、ジョンソン・エンド・ジョンソン・イノベーションとは戦略的パートナリング契約を締結し、大阪の地でのエコシステム構築を目指している。
人材育成の面では、スタンフォード大学の人材育成プログラム「BIODESIGN」を日本に導入。「JAPAN BIODESIGN」では、5年間で起業8件、スピンオフ起業2件、フェローシッププログラム修了生60名という成果を生んでいる。
医療産業化の成功のためには、産業基盤となる科学技術の強化、国家戦略としての産業育成体制強化、日本初の規制/規制緩和が世界のデファクトスタンダードに、人材育成(目利き人材、アントレプレナーシップ)、ベンチャーインキュベーションによるリスクマネーの動員、Win-win型クロスイノベーション、医療情報データ活用ネットワークなどが不可欠だ。これらにより日本版エコシステムが完成すると考えている。

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講演4

バイオベンチャー育成に向けたあるべき国家戦略とマルチステークホルダー協働の姿

日本医療政策機構(HGPI) 理事・事務局長/CEO
乗竹 亮治

日本医療政策機構(HGPI)は独立したシンクタンクで、エビデンスに基づく市民主体の医療政策を実現すべく、マルチステークホルダーでの議論を深め、様々な提言を行っている。様々な政策テーマを扱っているなか、つい1か月前にバイオベンチャー育成政策の提言をとりまとめた。その内容をかいつまんで紹介する。
コロナ禍においては、平時からの産官学連携の重要性があらためて浮き彫りになった。また、バイオベンチャーと大手製薬企業のコラボレーションが世界中で成功事例を生んだ。わが国では1999年に、バイオ関係5省庁大臣による「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」が策定され、「バイオベンチャー1000社構想」が記載されるなど、長年議論はされてきたが、課題が散見されている。現状でも、日本は世界第3位の新薬創出国だが、2000年代から貿易赤字が始まり、2021年は3兆円を超える見通しとなっている。そこで、バイオベンチャーを中心に、ヘルスケアベンチャー育成における特有の課題と解決の方向性について、匿名のヒアリングをもとに調査した。
2013年、内閣府に「創薬支援ネットワーク協議会」が設置され、特にバイオベンチャー育成に関連する検討会などでは議論しつくされているにもかかわらず、大きな成果には結びついていないのが現状。ベンチャーからどこに相談すればよいか分からない、政府や関係ステークホルダーのアカデミアへの期待が大き過ぎる、日本市場に魅力が少ないといった指摘があった。
ヘルスケアベンチャー育成に向けた国家戦略の策定のための提言を紹介する。①省庁ごとの議論から、国家戦力としての「ヘルスケアベンチャー育成施策推進大綱」のような閣議決定が必要なフェーズにある。②マルチステークホルダー連携と同時に、ステークホルダー内の有機的な連携が必要。英国には複数大学が連携する「ゴールデントライアングル」、米国には幅広い役割をVCが担い、複数ステークホルダーを繋いでいるなどの例がある。③オールジャパンという掛け声では、グローバルな潮流に太刀打ちできない。グローバルを前提としたエコシステムづくりが求められている。④大手製薬企業をはじめとした大手民間事業者のコミットメントが必要。政府の資金投入だけでなく、大手のM&Aを中心としたエコシステムが必要という声が数多く寄せられた。リスクをとる企業への税制優遇措置などのインセンティブも考えられる。⑤人材の流動性をさらに高め、流動できる人材が評価される社会づくりが必要。医療界では依然として社会的ヒエラルキーが強く、フラットなコミュニケーションが阻害されがち。⑥創薬バイオベンチャーの育成に優先順位を置き、特有の課題に沿った施策が必要。
以下、他領域での事例や調査ヒアリングを踏まえての私見。①役所頼みはやめませんか。公的資金が不可欠な部分がある一方、それだけでは何も解決しない。②エコシステムはボトムアップで自然組成されるもので、「エコシステムをつくろう」という概念には論理矛盾がある。③産官学連携はフラットかつ中立的なプラットフォームでディスカッションするべき。④デジタルヘルス、データヘルスがすべての基盤である。⑤国民の理解、強力、そして知力が必要。耳の痛い話だが、日本は国民全体の科学リテラシーが低いのではないかという海外の方の指摘もあった。国民のメリットをしっかりと伝え、国民が賛同していくことが重要だ。最後に、⑥エビデンスに基づかない健康食品は、てっとり早いビジネスになるのかもしれないが、中長期的に見て国民のためになるのかは、あらためて考えないといけない時期に来ているのではないか。

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講演5

2つの新型コロナウイルスワクチンの上市を通じて学んだ産官学連携の課題と対策(民からの視点)

武田薬品工業株式会社 ワクチン事業部 事業部長
一般社団法人日本ワクチン産業協会 理事長
今川 昌之(※リモートご参加)

武田薬品は2つの新型コロナウイルスワクチンを国内で開発し、製造承認を取得した経験を踏まえて提言させていただく。まず初めに当社の官民連携の歴史について説明する。当社のワクチン事業は戦後すぐの1946年から開始し、翌年の1947年には政府の要請に応えて発疹チフスワクチンの供給を開始した。これが当社初の産官連携であったと思われる。その後、2009年のH1N1パンデミックインフルエンザ(豚インフルエンザ)の世界的流行を契機に2012年からワクチン事業をグローバル化した。新型インフルエンザワクチンの開発は日本政府とWHO等に端を発し、例えば、米国政府/米生物医学先端研究開発局(BARDA)との提携による不活化ジカワクチンの開発や、ビル&メリンダ・ゲイツ財団との連携による不活化ポリオワクチンの開発、インドのBiological E社への麻疹ワクチンの技術移管などを行ってきた。これらグローバル規模での官民連携の経験がベースとなって、今回は2つの新型コロナウイルスワクチンを日本で上市することができた。パンデミックが起こったときはスピードが命。当社は過去の新型インフルエンザワクチンでも、また今回の新型コロナウイルスワクチンにおいても、プロジェクトの着手から1?2年で承認を受けワクチンを供給してきた実績がある。
当社の新型コロナウイルスワクチンは、スパイクバックス(モデルナ)とヌバキソビッド(ノババックス)の2つ。mRNAワクチンは当初、成功を危ぶむ声もあり、またベンチャー2社と同時に開発を進めるには大きなリスクが指摘されたが、国家の危機に海外で標準的に使用されるワクチンが日本で使えないという状況は絶対に避けなければならないという強い思いから、前者は約1年、後者は約2年で実用化を実現した。後者に関しては当社の生産技術が高く評価されたことが提携の要因になったと考えている。
新型コロナワクチンの開発・供給を通じて学んだことを紹介する。平時から質の高いネットワークを構築し、様々なモダリティに対する目利き力を養っておくことが大事。パンデミック事業への参入はリスクが高く、チャレンジすべきことが多すぎる。走りながら解決しなければならない課題も多く、原材料や資材調達の壁も大きく立ちはだかった。パンデミック後の生産設備の維持費用の問題もある。さらに我が国においてはワクチン忌避(Vaccine Hesitancy)が世界で最も高いと言われる課題も解決しなければならなかった。過去を振り返ってみれば、やる前から無理だと思わないこと、いろいろな人を巻き込むこと、直面する課題から逃げないこと、真正面から立ち向かう勇気が重要であったと思う。産官学が連携することで、例えば、困難と言われたワクチン忌避の問題も解決できた。日本が世界トップレベルのワクチン接種率を達成できたのは、政府を中心とした産官学連携による啓発キャンペーンが大きかった。また、国家検定の迅速化・簡略化、公費助成、国家事業としての契約プロセスなどの課題もあったが、産官学連携で乗り越えた。
パンデミックは世界全体の脅威であり、決して先進国だけの問題ではない。発展途上国を含めた全世界に通用するワクチンが求められる。安全性に妥協は許されず、有効性評価のためというよりも、やはり数万例規模の臨床で安全性を確認することが必要。グローバル全体でパンデミックの終息に向けて連携することが重要であり、例えば、コールドチェーン輸送や集団接種体制のノウハウをシェアすることが挙げられる。また、先進国においては世界各国への公平な分配・資金調達での貢献も求められる。
新型コロナのパンデミックワクチンのようなワクチン開発には製薬メーカー/ワクチンメーカーだけでなく、多くのステークホルダーの協力関係がなければ成立しない。コラボレーションやパートナーシップがキーワードだが、その根幹には危機意識、そしてイノベーションと成果への評価が不可欠と考える。誰もやったことがないので、課題に対する完璧な回答は持ち合わせていないのが当然であるが、しかし、それでも最終的に成果につなげることができたのは、上手く各分野でのリーダーを巻き込み、イノベーションとイノベーションの出会いを創出することができたからだと思う。
2つのワクチンを上市するにあたって、創薬や官民連携の「死の谷」を超えることが大変だった。わが国では、感染症はもはや人類の脅威ではないという思い込みがあり、ワクチン開発や予防接種に力を注いでこなかった歴史がある。その他にも開発リスクと投資回収、大量生産設備の維持費用、司令塔機能、ベンチャー企業の介在など、様々な課題があるが、その一方で、今回の新型コロナウイルスワクチンの開発の過程においては、ワクチン開発と並行して生産設備整備にも同時に公費助成を行ったことや、承認審査プロセスや国家検定の簡素化を進めるなど、解決の道筋が立ったものも少なくない。
最後に、死の谷の克服についてコメントしたい。アカデミアと企業の期待値の差が大きすぎて、基礎研究から実用化研究へ進む過程に、死の谷がある。また、様々な政策提言がなされているが、それが実際に反映されているかというとそうでもなく、ここにも死の谷が存在している。死の谷を克服するにはお互いの理解が不可欠であり、そのためには産官学での自由な人材交流が必要だと考えている。

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パネルディスカッション

パネルディスカッションのようす

パネルディスカッションは、まずパネリストの講演の中から、産官学の相互評価、平時と有事のデュアルユース、VC(ベンチャーキャピタル)、目利き人材といったキーワードについて掘り下げることから始まった。続いて、会場およびオンラインでの参加者からの質問や意見が寄せられた。その内容は、企業が供給し続けるためのリスクや、ステークホルダーのコンセンサスの問題、給料など人材交流上の課題など多岐に及び、細かな確認がなされた。
近藤座長は、ワクチンを活用して日本が世界に貢献するためには、各プレーヤーが生き残るための行動変容に奮闘するだけでなく、(基調講演で伝えたように)「環境を変える」ことで「ダーウィンの海(市場競争)」を乗り越えるというマインドセットも必要であること、そのためには産官学が連携し、グローバルに求められている大きな価値を見極めて、その価値の創造に向けてともに創薬環境を変えていきたい、とまとめた。

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