日本の創薬の未来を考える

2025年度の産官学シンポジウムには、会場およびオンライン(Zoomウェビナー)配信を通じて、約200名の方々にご参加いただき、日本の創薬力強化に向けた活発な議論が交わされました。 我が国独自の創薬エコシステム構築・強化の重要性が叫ばれる中、産官学の多様な視点から、アカデミアと産業界の連携や官民パートナーシップ、エコシステム発展に向けた民間や政府の取り組みなどが取り上げられました。中でも、日本における創薬スタートアップやアカデミア発ベンチャーの立ち上げや創薬エコシステムにおける課題が中心となり、特に、人材の獲得・育成、業界の流動性、投資の誘引、海外リソースの活用、インキュベーションシステムの構築、そして日本独自のイノベーションにアプローチする必要性などに焦点が当てられ、各講演後のパネルディスカッションで議論が深められました。
座長基調講演およびパネリスト講演の動画・要旨は以下よりご覧ください。
※講演録は、機関誌『医療と社会』(Vol.35, No.3. 2025年10月)に掲載予定。
シンポジウム概要
プログラム
注)下線のお名前・項目をクリックすると講演要旨をご覧いただけます。講演動画は、
ボタンよりご覧ください。開会挨拶 | 公益財団法人医療科学研究所理事長 | 三村 將 | 動画 |
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来賓挨拶 | 厚生労働省大臣官房医薬産業振興・医療情報審議官 | 内山 博之 | 動画 |
座長基調講演 | 北里大学大学院薬学研究科教授 | 成川 衛 | 動画 |
講演 | 厚生労働省医政局医薬産業振興・医療情報企画課長 | 水谷 忠由 | 動画 |
京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構(iACT) ビジネスディベロップメント室長 特定教授 |
小栁 智義 | 動画 | |
Catalys Pacific ファウンダー 兼 マネージングディレクター | BT スリングスビー | ||
一般社団法人医薬品開発能力促進機構 設立理事 | 中鉢 知子 | 動画 | |
アクセリード株式会社取締役 Co-CEO 兼 CTO | 池浦 義典 | 動画 | |
パネルディスカッション | 動画 | ||
質疑応答 | 動画 | ||
閉会挨拶 | 公益財団法人医療科学研究所専務理事 | 松江 裕二 |
(敬称略)
動画について:スリングスビー先生のご意向により、ご講演動画の掲載はございません。ご講演要旨をご覧ください。
座長基調講演

日本の創薬の未来を考える
北里大学大学院薬学研究科教授
成川 衛
大学の薬学部で1年生に対し、医薬品産業と他の産業の違いについてこんな話をする。電気製品や食品などは消費者の嗜好や利便性に合わせて割と自由に発売できる一方、医薬品の場合はそれら商品との間に大きな壁がある。研究開発に時間がかかる、国の承認がないと売れない、公定価格である、薬を選ぶのは医療従事者で消費者自身が選ぶわけではない。学生にはまず、このような特殊性をインプットするようにしている。
医薬品の研究開発プロセスにおいては、長い期間の中でも終盤の臨床試験あたりで行政・規制の関与が強くなる。90年代末から2000年にかけて臨床試験のルールが厳しくなったことがあった。その時は治験数が1/3ほどに減少したが、もっと上流の基礎研究のプロセスをどのように整えていくか。規制による影響が直接及びにくい点に難しさがある。
ひと昔前の日本では、医薬品の審査・承認に非常に時間がかかっていた。今では米国や欧州と同じくらいスピーディーになっているものの、申請ラグは相変わらず長い。
近年の米国では、EBP(新興バイオ医薬品企業)発の新薬申請が過半数を占めている。そうした企業が日本で開発に着手するチャンスがないことが、日本のドラッグラグやドラッグロスのベースになっていると言われる。グローバルメガファーマとEBPを比べると、創薬のメインプレーヤーはEBPにシフトしている。メガファーマにできてEBPにできないこととは? あるいはその逆は何か? 日本企業はオリジナリティを示せるのか? そのあたりをこのシンポジウムを通じて考えていきたい。
オリジネーターがEBPであっても、そのEBP自身が薬事承認申請者となって承認を取得するケースは実は半分ほど。残りの半数はメガファーマなどと協力をしながら承認を得ている。
日本で新薬を上市するには様々なアプローチが考えられる。これまでは日本に拠点を有する外資系を含む大手製薬企業が開発から上市まで手掛けていたが、その前半が海外のEBPや創薬バイオベンチャーに移ってきている。そうだとしても日本市場に薬を届けるという大手企業の役割に変わりはないので、今後は様々なプレーヤーと有機的につながり合いながら、よりよい医薬品を届けていくことが重要と考えている。
近年、マクロ経済政策として、金利の引き下げ、法人税率の引き下げ、所得税率の引き下げなどが行われたが、それが果たして顕著な経済成長につながっただろうか。デービッド・アトキンソンはその著書で「政府の政策だけで国を動かすことには途方もない労力と時間がかかる。どこまで機能するかもわからない」と言っている。自己防衛のために自主的に動く人をいかに増やすか、いかに動きやすくするか。また、経営者(産業界)や創薬関連プレーヤーがやりたいと思っていることをいかにできるようにするか。こうした方向で規制を見直し、それが創薬の活性化につながるのが理想的だ。日本の創薬力強化については政治レベルでもかなり採り上げられるようになり、議論が進んでいる今こそがチャンスと言えるだろう。
講演1

創薬力強化に向けた取組
厚生労働省医政局医薬産業振興・医療情報企画課長
水谷 忠由
世界的な医薬品開発の動向としては、これまでの低分子化合物中心の時代から新規モダリティの時代へと変化。特定の研究領域に特化したベンチャー企業やアカデミアが存在感を増しており、それらと製薬企業との連携が革新的医薬品開発の必須条件と言える。様々なプレーヤーがひとつの目標に向かって協業し、イノベーションを起こせるような創薬エコシステムの構築が重要であり、政府、厚生労働省としてもこれに向けた取り組みを進めている。
日本企業が創出した医薬品の世界市場におけるシェアは、売上高、品目数ともに低下している。従来は、開発の初期から承認・販売に至るまで製薬企業が中心だった。しかし現在は、早期段階でアカデミアやスタートアップのシーズと、製薬企業の知見とが連携し、さらにCRO(医薬品開発業務受託機関)、CMO(医薬品製造受託機関)、CDMO(医薬品開発製造受託機関)とも連携し、互いに協力し合いながら新たな医薬品が生まれるようになった。
創薬エコシステムに求められるものは何か。①世界的水準のアカデミアの集約、②高度な臨床開発を支援する医療機関・制度の存在、③豊富なリスクマネー投下、④創薬に関わる人材・知見の集積交流コミュニティの形成、⑤海外リソースを最大限活用した上記の実現(以上、ボストンコンサルティンググループ柳本岳史氏の資料より)。これら課題に対し、政府を挙げて取り組んでいるところだ。
創薬力の強化のためには、多様なプレーヤーと連携し、出口志向の研究開発をリードできる人材が求められる。海外の実用化ノウハウを有する人材や資金の積極的な呼び込み・活用、外資系企業・VC(ベンチャーキャピタル)も含む官民協議会の設置、国内外のアカデミア・スタートアップと製薬企業・VCとのマッチングイベントの開催などの取り組みを進めている。また、国際水準の臨床試験実施体制、新規モダリティ医薬品の国内製造体制、アカデミアやスタートアップの絶え間ないシーズ創出・育成といった対策について、創薬力構想会議においてとりまとめていただいた。これを受け、2024年7月に「創薬エコシステムサミット」を開催。岸田総理(当時)にも出席いただき、政府としてのコミットメントを内外に宣言した。総理からは「医薬品産業を成長産業・基幹産業と位置付け、政府として民間のさらなる投資を呼び込む体制・基盤の整備に必要な予算を確保する」とのお言葉をいただいた。この方針は石破政権でも変わらない。
具体的な取り組みについて。AMEDについては調整費の柔軟化や出口志向の研究開発マネジメントを意識した予算執行体制の確立を目指している。また、アカデミアのシーズをベンチャー企業などにきちんと橋渡ししていくための創薬エコシステム発展支援事業を行う。リスクマネーの不足については、AMEDの創薬ベンチャーエコシステム強化事業のほか、VCの投資を促すための日本政策投資銀行のスタートアップ・イノベーションファンド(特定投資業務)の拡充により後押ししていきたい。治験環境の整備等も進めている。
厚生労働省が新しく始めた取り組みが2つある。ひとつは創薬クラスターキャンパスの整備事業。70億円の予算を確保し、インキュベーションラボや動物実験施設の整備、スタートアップ支援プログラムの費用を補助していく。もうひとつは創薬エコシステム発展支援事業。30億円の予算を確保し、スタートアップ設立等の支援を行う。海外進出までを視野に入れた支援であること、創薬の知見を有する民間事業者による支援であること、そして、日本の創薬エコシステムの発展に寄与する支援であること、この3つがポイントと考えている。例えば事業実施体制では、民間支援事業者には、研究開発だけでなく、知財、経営管理等の知見を有する創薬推進業務に従事する担当者を配置していただく。そのうち2名以上は製薬企業でバイオ医薬品などの創製で高い実績を持つ、あるいはプロジェクトリードの経験があるという要件を定めている。また、サイエンティフィック・アドバイザリー・ボード(SAB)を設けていただき、民間支援事業者はターゲット/コンセプトバリデーション、リード探索の各段階でこのSABの確認を受けることとする。SABには、海外の創薬エコシステムに精通する外国人の専門家を半数以上配置することとしている。創薬エコシステム発展支援事業の支援対象者は、研究開発拠点を日本国内に有する方で、委託業務の内容としては、企業等に対して自らヒアリング(アウトリーチ活動)を行い、新規創薬ターゲットを探して評価することをお願いしている。製薬企業等からのカーブアウトシーズのほか、アカデミアシーズでも、AMEDの橋渡し支援プログラムで採択されなかったものや、このプログラムの公募時期の関係などで本事業の民間支援事業者が支援する場合も対象となる。また、海外市場進出を意識して、FDAへの相談に係るコンサルテーションや、国内外VCからの資金調達の支援なども含まれる。投資をした日本で活動するVCには一定のリターンが期待され、そのリターンによってさらに日本の創薬エコシステムが循環的に発展していくことを目指している。
2025年の薬機法改正では、革新的医薬品等実用化支援基金の創設が盛り込まれた。国庫と民間事業者からの出えん金(寄附金)で、創薬クラスターキャンパスの整備などを支援していく。官民連携によるこれら取り組みが、日本の創薬エコシステム構築に向けての一助になればと考えている。
講演2

Start with the End in Mind
アカデミアから見たトランスレーショナルリサーチの未来
京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構(iACT) ビジネスディベロップメント室長 特定教授
小栁 智義
京都大学では、各省庁によるアントレプレナー育成支援やAMEDの橋渡し事業などを受け、ベンチャー支援に取り組んできた。様々なベンチャーや先生方との議論を続けてきた結果、京大病院にビジネスディベロップメント室を設置。さらに、米BioLabs社とMOUを締結し、共同でBioLabs Japan、BioLabs Academyを設立した。
ユニコーンを生み出すアカデミア発のスタートアップに注目が集まっているが、新薬がベンチャーから生まれているという観察的な事実の他に、サイエンスそのものが変わってきている点が挙げられる。微細な観察から大規模なデータ解析に至るまで、サイエンスはかつて無いほどの膨大な資源を要するようになった。もはや大企業はアーリーステージから一貫した研究開発を行う負担に耐えきれず、エコシステムを通じて開発品を仕入れる形態に変化してきた。これまでのやり方は通用しない、プロがいないという中で、我々はどう泳いでいけばいいのか、それが課題となっている。
日本のアカデミアにおけるトランスレーショナルリサーチ(TR:橋渡し研究)の課題について。アカデミアは成果目標を達成するために必死で、数多くの公的事業の成果報告書も出しているが、その情報は本当に社会が求めるゴールにつながっているのだろうか。会議のほとんどが数値目標の議論に終始しており、先端技術としての将来性やアンメットニーズがあるのかという議論は少ない。適切な情報収集と批判的な分析が欠如していると危惧する。また、AMEDなどの公的資金を長く獲得すればするほど導出できない問題がある。学術的な評価と市場ニーズに乖離があることが原因と思われるが、早期に産業界が手を付けないために公的資金への依存を高めてしまい、いつの間にか市場ニーズとかけ離れた製品設計となっていくのだ。
「トランスレーショナルリサーチ」という言葉は、企業と大学とでは意味合いが異なるように感じている。大学は公的資金だけで出来る限りのことをやろうとゴールを据えるので、製品設計、データの取り方の規模感、クオリティなどが最小限となっている。アカデミアで到達しうる開発途中の時点がゴールとなっているため、その先の成長戦略は想定されていない。臨床研究論文数を増やすことに懸命であるがゆえに、製品の成長性を求められるライセンスアウトに向けては大きな壁がある。幸い政府の施策が功を奏し、ここ2年ほどでVCの方々と専門的な議論ができるようになったと京大病院の医師たちも話をしている。この先2年くらいで必要なところにお金が回る可能性もあるので、先に述べたTRのゴール設定の課題が解決されるかどうか、注視していく必要があるだろう。
国内の早期臨床開発経験の不足により、アーリーステージの製品設計が未熟であり、VCの投資に耐えうる事業計画が作れていない。米国では画期的な研究成果を元に、早期からVCの関与のもと開発計画を立案し、KOL(Key Opinion Leader)による治験デザインと専門病院での治験の実施、そして注目を集める臨床研究論文を出すという好循環がある。大規模な医療機関では実績のあるKOLを積極的に主要ポストに採用して企業治験を誘導しており、プロによる開発計画、適切な治験、基礎/臨床両方の研究の発展という流れを生み出している。一方、日本ではベンチャーによる開発計画立案に専門家の関与が少ない。研究成果を出した基礎医学の研究者が事業のアイデアを出し、開発計画を立て、治験デザインまで主体的に関与せざるを得ないケースもあると聞いている。専門家を適切に配置し、インフラを適切に整備する必要がある。日本は特に臨床研究論文の比率が低いことから、臨床研究の環境整備を起点として基礎/臨床双方の研究環境を活性化させる、米国のような好循環の実現が望ましい。
ベンチャー関係者の本音をひもとくと、研究者からは「論文を出したら特許を出せと言われ、出願したら実用化しろと言われた」「支援すると言われる割に自分の仕事ばかりが増えていく」「頼まれてプレゼンしたが、事業化のプランがないと逆に怒られる」といった声がある。一方、支援者からは「ビジネスを基礎から教えるのは大変」「支援をしているはずが、いつの間にか自身のアイデアばかりになって、どちらがプレーヤーなのか分からない」などの声がある。病院関係者からは「赤字の中でよりよい医療を提供したいが、臨床研究の論文まで書くのは負担」「ベンチャーよりも製薬メーカーと仕事するほうがやりやすい」といった声が挙がっている。理想とは裏腹に、不都合な課題はまだ多く残されている。
事業計画の立案、臨床試験のデザイン、早期臨床試験体制の強化への支援が必要で、国の政策に期待するところだ。私自身は、京都大学とBioLabs Academyをベースに、これらの課題に取り組み、ボストンと日本をつなぐエコシステムの構築を目指している。
講演3

Development an Innovative Life Sciences Ecosystem in Japan
Catalys Pacific ファウンダー 兼 マネージングディレクター
BT スリングスビー
Catalys Pacificというベンチャーキャピタル(VC)の立場からお話しする。VCは、投資家であるリミテッドパートナー(LP)から資金を募り、その資金をスタートアップに投資してリターンを返すモデル。我々の投資先はすべて新しいスタートアップで、VC自ら一から会社をつくるという事業になる。例えば、日本の製薬企業からのスピンアウトによりアメリカに新しい会社をつくる。サイエンスだけでなく、人と資金を入れて成長していこうというもの。NASDAQに上場しているのは3社で、Phathomは1,500億円、Mineralysは1,000億円、Pathalysは500億円を既に調達済みだ。アメリカでは健全なエコシステムが構築されており、人、お金、サイエンスがよく回っている状況がある。インバウンドに関しては、申請ラグをターゲットに開発を進めている。つまり、海外の新興バイオ医薬品企業(EBP)などをターゲットに、日本あるいはアジアのライセンスを導入し、国内のEBPをつくる構想だ。
海外の経験を踏まえ、国内のEBP、国内のスタートアップをつくるにあたって難航した点を紹介する。基本的にスタートアップは、アカデミアや製薬企業からサイエンスや技術を導入したうえでキャピタルと人材を調達する。当社の感触としては、国内のエコシステムを考えたとき、サイエンスやアセット、パートナーが不足しているとは思わない。また、優れた人材も多い。バイオテックの経験が豊富かどうかは別にして、そのポテンシャルは非常に高いと考える。では、何が不足しているかと言うと、それはキャピタルだ。政府からのキャピタルではなく、民間からのキャピタルがまったく不足している。
まず、国内のキャピタル、国内のVCの数、各VCの規模が足りていない。グローバルVCとしても国内のスタートアップには投資しづらいのが現状だ。VCの上流にある機関投資家であるLPが国内のライフサイエンスVCに対して大きく利益を上げられていない課題もある。国内のスタートアップやサイエンスが優れていたとしても投資しないのは、成功例がないからだ。国内のM&Aにしても、日本のスタートアップが、数百億、数千億で買収されたという成功例は見当たらない。東証上場企業にもユニコーンはほとんどない。現在の日本のバイオベンチャーエコシステムでもっとも不足しているのは、民間からのキャピタルと言える。
そこで政策の観点から有効と思えるひとつのアイデアは、国内のM&Aを促進するようなインセンティブ。M&Aが行われた際にバイヤーにメリットがある政策があれば、より活発なM&Aが期待できる。例えば国内のスタートアップを買収したら、その製品の独占期間が延びたり、買収時の税金にインセンティブを設けるなど。M&Aが行われると成功例が増え、成功例があればLPへのリターンがあり、LPがVCに投資したくなる。
スタートアップが東証に上場するための条件として、パイプラインの化合物の一個を導出することが必要になっているが、最も優れた化合物を導出することがあるように見えます。その結果、上場した後の投資家の目からすればもったいない。改善の余地があるだろう。また東証では、IPOをしてから売上げが立つまではPOができない。海外のバイオテックは売上げを立てる前の段階で、3〜5回ほどPOをするのが当然であり、そこも改善すべきと考えられる。
エコシステムというのは、資金が回ることが重要。VCももちろんだが、その上流にあるLPの視点がもっとも大事だ。LPがVCに投資したくなるようなリターンの期待がもっとも重要ではないかと私は考えている。
講演4

日本の創薬の未来を考える
外資系メガファーマと米国のベンチャーで開発リーダーをした経験に基づいて
一般社団法人医薬品開発能力促進機構 設立理事
中鉢 知子
私は2002年から外資系製薬会社の日本法人で医薬品開発に携るが、その頃からCRA(臨床開発モニター)がアウトソースされるモデルが当たり前になってきた。2006年にアメリカに渡り、大手製薬会社を2社経験した後、ノースカロライナ大学発のスタートアップに加わった。イノベーションが、ラージファーマからスタートアップに変わってきたという実際の経験を踏まえ、思うところを述べる。
自分がベンチャーに身を置いて驚いたのは、メガファーマとベンチャーではビジネスサクセスの観点がまったく異なるということ。メガファーマのサクセスは、パイプラインの充実、承認を取ること、そして売上げを上げること。ベンチャーにとっても承認取得はすばらしいことだが、それまでその薬を持っているのがいいかどうか、つまり、それまでに買収してもらったほうがサクセスになるという考え方がある。組織の意志決定は、ベンチャーのほうが圧倒的に早い。CEOの役割も大きく異なり、メガファーマのCEOがガバナンスやロビーイングなのに対し、ベンチャーは資金調達やベンダー探しが中心となる。チームのメンバーも異なり、メガファーマには人を育てていくという機能があるが、ベンチャーはベテラン数人とコンサルタント、CRO(開発業務受託機関)からなり、機動性が高い。複数のファンクションを1人でマネジメントする必要がある。ベンチャーのIPOについては、IPOをしないで合併を目指したり、ライセンスアウトするほうが今の時流に合っているのかもしれないということも学んだ。
日本以外では、新薬の開発はほとんどベンチャーが担っている。米国62%、欧州47%、中国にいたっては83%がベンチャー発。イノベーションの構造が異なる日本は22%に過ぎない。基礎研究だけでは薬はマーケットに出ない。日本の基礎研究は優れているし、よいシーズが出てくる素地もある。しかし、日本に本社がある製薬企業でもグローバルな臨床開発試験のストラテジーを主導する機会は著しく減っており、外資系製薬企業の日本法人の臨床開発はCRO化していると言える。開発を主導できる人材も減ってきていると考えられる。先の中国のイノベーションについては、ベンチャーのCEOや創設者は海外経験が豊富である点が大きい。このような創薬で活躍する中国人のように、米国でのサバイバル体験を持つ日本人は少ない。
22%のスタートアップしかイノベーションを生み出せていないとしたら、今からでも日本独自の路線を見付けていかないといけない。日本の独自路線を見出すまで立ち止まっているわけにはいかないので、できるだけ早く米国に会社をつくり、CEOとマネジメントを現地採用して臨床開発を進めるのが開発力強化につながるだろう。米国からCEOを招く方法もある。日本国内からの投資が100%の会社が米国進出を図ろうとしても、米国のVCは二の足を踏むと思われるので、早い時期から米国のVCから開発費用を得るなど、バランスよくお金を集めるストラテジーも重要だ。
日本独自路線を見出すまでの間、製造業界の構造改革を素早く進めなければならない。人材エコシステムの活性化、アカデミア発ゾンビベンチャーの整理など。失敗に学んだことを次に活かすことを許せるカルチャーになっていくのが望ましい。
スタートアップはコアストラテジーやコア人材のみを抱え、コンサルタントやCROを活用しながら、身軽に、機動的になるのがよいだろう。最近は大企業でも社員の兼業OKになっているところが多いようなので、そうした方々をコンサルタント、アドバイザーとして迎えることも考えられる。大きな視点では、失敗を恐れず挑戦し、それを応援するカルチャーを醸成していただきたい。日本の独自性を認識する教育も重要だ。英語については「ツール」と考え、それがないと仕事にならないという認識にならなければならない。
スタートアップのCEOに適した人材とは? その会社が持っているプラットフォームをただ見せるのではなく、資金調達のために充実を図ったパイプラインをVCに見せていくだけの力量が必要。パイプラインをそろえるためには強いネットワークと知識が必要で、Fundraising、Exit Strategy、それを遂行するための個人に根差したCredible Networkの構築といったスキルも求められる。
大学ではもっと臨床研究が学べるなど、開発即戦力を強化した教育も必要。学びの場には、官界からも産業界からも人が入ったり出たりする、人材の流動化が必要と考える。スタートアップ人材の育成については、米国のスタートアップでインターンシップをするなどの機会を政府や製薬協でも後押ししていただけるとありがたい。留学については5年、10年という長いスパンも考慮したい。そして、とにかく米国での成功モデルをつくり、後に続く企業が増えることを願っている。
講演5

急速に進化する製薬業界と日本の創薬の未来
アクセリード株式会社 取締役 Co-CEO 兼 CTO
池浦 義典
「創薬力」を定義する要素は多いが、どのようなパラメーターを元に創薬力を評価するか、何をもって強化されたのか、大事な要素は何なのか、そうしたことを日本全体で考え、アクションにつなげていく議論が必要。ターゲット探索から上市まで、創薬のバリューチェーンは非常に長いが、本日は私のバックグラウンドである研究段階に焦点を当ててお話ししたい。
既に話が出たとおり、製薬業界で開発の担い手となり役割を増しているのが創薬ベンチャー。対して日本の研究開発の中心はまだ大手・中堅の製薬企業であり、創薬ベンチャーが担う部分はごく一部にとどまっている。そのような中、日本の創薬を活性化するためには何が必要なのか。創薬ベンチャーが少ない日本においては、①製薬企業の研究生産性の向上、②創薬ベンチャーの成長・発展、③日本独自のインキュベーションシステムの構築が不可欠と考える。
①製薬企業の研究生産性の向上について。製薬企業自身が生産性を上げるためにM&Aや戦略の見直し、拠点のリストラクチャリングを積極的に行っている。同時に、機能面では積極的に外部の英知を活用すべくエクスターナルリサーチによる生産性向上を図っている。それぞれの会社の戦略に応じてインターナルリサーチとエクスターナルリサーチを組み合わせ、独自の研究システムを構築する方向に舵を切っている。
②創薬ベンチャーの成長・発展について。米国と日本を比較すると、創薬ベンチャーの年間設立数は米国が日本の10倍以上。時価総額も10倍以上で、何よりも資金調達の額が圧倒的に違う。米国の1社当たりの投資額が25億円なのに対し、日本の投資額は1.6億円ととても創薬ができる規模感ではない。資金面のみならず、人材やインフラの面での課題も少なくない。そのような状況下、国がバイオ戦略を立案し、総理自ら創薬エコシステムサミットに出席したり、様々な事業を立ち上げるなど、近年の国の取り組みには本気度がうかがえる。それをいかに活かすか、そしていかにアウトプットに結び付けるか。それは国の責任ではなく、我々民間に課せられた使命であると考えている。
現状の創薬ベンチャーの発展プロセスには「悪循環」とも言える課題がある。まず、アカデミアは公的資金獲得に向けて実用化の出口を見据えるあまり、本質的な研究から離れてはいないだろうか。そうだとすると革新的なシーズが創出されにくくなってしまう。シーズを基に始められたスタートアップ事業は、その魅力が十分伝えきれていないため資金調達が難航している。スタートアップ自身が投資家に対し事業が社会に与えるインパクトをストーリーとしてきちんと説明できていない一方、投資家はスタートアップの成功事例が乏しいがゆえに早期からリスクを取って投資することに及び腰になっていることはないだろうか。その結果、日本のスタートアップ事業は小型化し、スピードも遅くなる。スピードが遅れれば時の経過とともにその価値は圧倒的に低下してしまい、生み出す製品のインパクトも小さくなる。ひいては創薬市場全体が縮小していくことになりかねない。本来、スタートアップに期待されている役割は、製薬企業が取れない大きなリスクを取って、世界の医療スタンダードを変える革新をもたらすことである。今我々が取り組むべきは、世界を目指すスタートアップの育成と、スタートアップへの期待の醸成だと考えている。
アカデミアにはすばらしいシーズがある。しかし、ダイヤモンドで言えば原石であって普通の石ころと見た目は変わらない。輝かせるためには磨き上げる必要があるが、その磨きの工程がインキュベーションのフェーズと言える。VCとしてもただの石ころには投資をしないだろう。優れた輝きを放つダイヤモンドになるという可能性を示し、創薬シーズ創出の溝を埋めなければならない。このインキュベーションのフェーズにおいては、アカデミアだけでなく、企業でのサイエンスの経験がある人、ビジネスの経験がある人など、様々な人材を巻き込んでスタートアップ創出に向けて準備をする体制の構築が不可欠である。
③日本独自のインキュベーションシステムの構築について。武田薬品工業、アステラス製薬、三井住友銀行が共同出資して2024年に設立されたシコニア・バイオベンチャーズは、創薬シーズのインキュベーションを行う合弁会社。シーズを集め、そのシーズに対して最適な疾患選定と出口戦略を立案し、シーズをインキュベートして候補化合物を生み出す。そして国内外のVCから投資を募り、スタートアップを立ち上げ、社会実装に結びつけていくというビジネスモデルだ。シコニアでは創薬経験、事業経験豊富なメンバーが集い、日本発の革新的なシーズのインキュベーションに取り組んでいきたい。
本日お話しした製薬企業、ベンチャー、インキュベーターのいずれの取り組みにおいても、それらの創薬を支える創薬プラットフォーマーの存在が重要だ。アクセリードは製薬企業由来の幅広い包括的プラットフォームを持っているが、様々なカッティングエッジな技術を持つ会社と戦略的なパートナーシップを構築することでより一層プラットフォームの強化・拡大を図っている。引き続き事業を通じ、多くのベンチャーや製薬企業の創薬、ひいては日本の創薬の未来に貢献していきたいと考えている。
パネルディスカッション

パネルディスカッションは、まず水谷氏から、海外人材を招かなければ本当に扉は開かれないのか、という他パネリストへの質問から始まりました。「スタートアップがグローバルで活躍するためにはストラテジーを立てるコア人材が必要で、様々なスタディデザインを考える人材は日本に少なくなっていると感じる」(中鉢)、「その会社がどんなステージにあり、何を目指しているかで必要な人材は変わる。サイエンスとビジネスの両面からストラテジーが描ける人材が求められる」(池浦)といった意見が寄せられました。
成川座長からは、日本の製薬産業や創薬エコシステムの強みについて意見が求められ、「(米国人から見て)アカデミアだけでなく製薬企業が持つサイエンスには期待できる。政府の対応も高く評価されている」(スリングスビー)、「アメリカのスタートアップに日本でクリニカルトライアルしてもらうためには、日本がいかに魅力的なマーケットであるかを、政府の後押しも含めてアピールしていく必要がある」(中鉢)、「日本で治験を行いたいという話は出てくるはずなので、臨床医が多忙ななかではあるがその準備をしておかなくてはならない」(小柳)などの声が挙がった。その他にも、シーズの見える化、トランスレーショナルリサーチの重要性から、トランプ政権の影響に至るまで議論の幅は大きく広がりました。
会場からの反応も大きく、「最終的には、人のネットワークと信頼関係、熱量や執念が大事」「日本の若者には安定志向があり、ハイリスクを取る選択は難しい。マインドセットが課題」「アメリカのエコシステムの真似は難しい。中国や韓国、欧州のエコシステムから日本が採り入れられるものはないのか」といった質問や意見が参加者の皆様から寄せられました。